審査ユニット総評
本年度のグッドデザイン賞の審査も、応募対象を領域別にグループ分けした「審査ユニット」ごとに行われました。ここでは「審査ユニット総評」として審査を通じて見られた領域特有の傾向や課題をまとめています。
ユニット01身につけるものユニット02パーソナルケア用品ユニット03文具ホビーユニット04生活用品ユニット05生活家電ユニット06調理家電ユニット07映像 / 音響機器ユニット08情報機器ユニット09産業 / 医療 機器設備ユニット10住宅設備ユニット11家具・オフィス / 公共 機器設備ユニット12モビリティユニット13建築(戸建て住宅〜小規模集合・共同住宅)ユニット14建築(中〜大規模集合・共同住宅)ユニット15建築(産業 / 商業施設)ユニット16建築(公共施設)・土木・景観ユニット17メディア・コンテンツユニット18システム・サービスユニット19地域の取り組み・活動ユニット20一般向けの取り組み・活動
本田 敬
プロダクトデザイナー
ユニット01の「身につけるもの」は、下着のように私たちが毎日当たり前のように使用しているものから、特定の業務で身につける専門的な道具まで様々なものが含まれている。そうした中で今年の審査で共通して見られた傾向は、成熟商品だからこそ今の時代を読み取り深く掘り下げられた提案が多く、ユーザーとの共感を強く意識した開発姿勢が感じられた点である。
衣類、特に女性用の下着に関しては、生理や障害がある時に機能的でありながらも、使用者の気持ちに寄り添い「自分」を大切にする商品が多かったように思う。男性用下着に関しても、レース素材を使用した新たな美意識を備えたボクサーパンツ (22G010052)がベスト100に選出されるなど、男らしさよりも自分らしさを重要視した点が非常に印象的であった。また、衣料品の廃棄が世界的に問題視されている中で、環境にも体にも良い素材で作られた服を長く愛用することや、障害がある人の着やすさ、働く親の家事負担を軽減する服の提案など、社会と暮らしの変化に合わせた改良を然るべきかたちでデザインしている製品が目立った。
腕時計の応募作は国内メーカーが多く占めていたが、ここでは各社ともに創り上げてきたレガシー(遺産)をどう現在の製品やブランドに活かすかという取り組みが共通して見られた。評価されたのは、やはり過去の栄光への固執ではなく、それを踏まえた上での今日的で新しいデザインであるが、それを達成する難しさは我々の想像を超えたものであろう。その流れとは別で異彩を放っていたのがメトロノームウオッチ(22G010006)である。腕時計はスマホに取って代わられると危惧されることもあったが、この時計は針を持つアナログ時計ならではの魅力を味方につけて高い評価を得た。長い腕時計の歴史の中に突如現れながら、すんなりと高いレベルで存在させてしまっている点に驚くと同時に、アナログ時計の底力と可能性を見せてもらったように思う。
ユニット01の受賞作から共通して読み取れたことは、至極真っ当な進化を遂げた製品が多かったことである。それは単に改善という意味ではなく、しっかりと根本から見直すことこそ、共感を呼ぶ新しい価値を生み出して本質に近づけるということである。身につけるものは「肌で感じる」ことができる分、ユーザーは強い実感を持って評価をする。今年は、その率直で厳しい目に応えるように真摯にデザインされた製品が多く、手応えを感じる審査となった。今後も成熟のさらなる先を期待したい。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット01:身につけるもの]
このユニットの審査委員
秋山 かおり
プロダクトデザイナー
ユニット02は育児や介護、ウェルネスや美容・マッサージ、衛生製品などのパーソナルケア製品が対象である。このカテゴリーはケア=CAREと一口に言っても多様な対象のケアがあり、ウェルネスや美容・マッサージなど「自らをケアするための製品」と、育児や介護など「他人をケアする人・ケアされる人のための製品」に大きく分けられるのではないかと考える。
コロナの影響を受けて3年目となる今回。在宅時間が増えたことも追い風となり前者の開発が進んでいることが応募製品から見受けられるが、一過性と感じられるものや衛生面や環境への配慮が行き届いていないものは受賞に繋がりにくい厳しい結果となった。一方で後者において育児関連製品は選択肢の幅がようやく拡がってきた印象があり、しかし介護製品においては受賞に至るレベルの製品がまだまだ少ない印象であった。別カテゴリーの施設や取組みでは介護の現場での積極的な動きが出てきているが、超高齢化社会を迎えながらこの領域のものづくりへの意識が追い付ききれていない点は喫緊の課題と考えられた。
そのような背景の中、介護製品でも評価が高かった製品がある。
一つ目のKeamu(22G020103)は、ホテル向けパジャマやユニフォームを原糸製造から縫製まで行う老舗メーカーと、感度の高い若いデザイナーの協働がとてもうまく行っており、ケアウェアと一般着の垣根を崩す可能性が感じられる素晴らしい製品だと感じられた。
障がい者に寄り添う応募で今年も多数寄せられた。
二つ目はヴィルヘルム・ハーツ(22G020097)。三つ目はあしらせ(22G020101)。この二つの製品は、本来他人からのケアを必要とする障がい者が自立することをサポートし、自らをケアできることを心身から体験できる素晴らしい製品である。こうした商品開発が大きな企業からの提案ではなく問題意識を強く持つ少数のチームによって主体的に行われていること自体も高く評価された。
ケアという行為におけるデザインの役割は、個々が抱える問題に直結してくる。
複雑に絡み合う社会において、当事者が抱える問題を自分事として捉え、最適な解がどこにあるかを見極めて、優れたプロダクトへ昇華させるのはとても難しい。この領域のデザインにおいては、シンプルに目の前の困った人が満足できる提案を他の人へも共有することが重要である点など、勇気をもって一歩踏み出した受賞製品から学ぶことは大きい。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット02:パーソナルケア用品]
このユニットの審査委員
倉本 仁
プロダクトデザイナー
ユニット03は、一般文具・事務用品とホビーにまつわるプロダクトが審査の対象となる。コロナ禍の中でも国内外から例年にも増して多くの応募作品が集まり、改めて世界は動いているということを実感した審査会であった。このカテゴリーで審査する製品は成熟期を迎えた製品が多いこともあり、派手なアイデアや飛躍は少ないものの、日々の生活の中で少しでも道具を改善しようとする動き、豊かな暮らしを問い直す製品開発の提案など、我々の生活にじわりと染み込むようなデザインのアップデートを見る事ができる。また数年前からそうであるが、循環型社会の実現に向けた取り組みやインクルーシブな社会環境を標榜する製品企画の取り組みも多く見受けられるようになり、未来社会を描くビジョンにデザインの力が美しく機能する様子を感じる事ができたことも今年の傾向と言えるだろう。
文具においてはコロナ禍を過ごす中で急速に浸透した、家庭での仕事環境構築にまつわる製品提案が多く見られた。リビングエリアや自宅デスクで快適に仕事や勉強が進められるようなアイデアが散見でき、多様化する働き方への柔軟な提案が豊かな生き方/暮らし方をポジティブにイメージさせてくれた。ホビーカテゴリーに関してはアウトドア用品やヘルスケア用品、楽器など、自己の喜びや特化した体験を享受できる製品の提案に力強い潮流を感じた。インフラサービスやデジタルデバイスのような大規模で画一的なサービスの質を向上させるデザインの取り組みが一般化する一方で、個人の趣味はよりアナログ的に深化し、それを支えるコミュニティが形成されて小さな単位で経済集団が立ち上がるような動きも見られた。
多くの評価を集める製品やサービスはいずれも、社会課題や人々の暮らしに真摯に向き合い、実直なリサーチや研究開発を経てデザインされたものたちだ。お互いを想い、想像力を膨らませることで共に生きるこの「世界」が豊かなものになること、また人間だけではない動植物や自然環境を含めた「世界」をどこまでイメージできるかが今の時代に求められている。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット03:文具・ホビー]
このユニットの審査委員
大友 学
デザイナー / ブランドディレクター
キッチン用品や清掃用品、寝具、防災用品など、生活用品全般を対象とするユニット04。「暮らす」という日常を行うための道具類であり、ゆえに日常の変化を敏感に察知し、その志向性が反映されやすいジャンルでもある。
3年間という決して短くないコロナ禍や、持続可能な社会実現目標の中で、ほぼ世界的な集合意識が社会のあり方や生活習慣の変化、ある種の制限や制約を生み出してきている。そのような中でも便利さや豊かさを希求する提案が目立った昨年であったが、本年は慣習化したそれらの雛形から溢れるように、自然発生的な、より本質的で能動的な豊かさへの追求を感じる製品が多かった。
今回BEST100へ選出されたchanoma kyusu series(22G040241)はその点において強く印象に残っている。常滑焼という産地が持つ歴史的な背景や原料を産み出す土地そのものへのリスペクト、培われてきた製法・製造現場への深い理解をベースとした極めて自然で透明感のあるアップデートが評価された。この透明感は、露出度を意識するが故の作為的な匂いがせず、その自然な意図と目的が必然性を以て伝播するため、強い共感を呼び起こす。我々が知る「急須のアイコン」とも呼べる常滑急須が、今後も同じイメージであり続けてくれることに安堵感を覚えたと同時に、本質的な豊かさの在処と、持続していく可能性への能動的な意図が強く感じられる提案であった。
一方で、今まで当然とされていた在り方を大きく塗り替えるような提案も多数目を引いた。トミタ式安全おろし金(22G040226)では、機能性を決定づける目立てのシャープさや独自性と、おろす性能が上がるにつれ指先は怪我の危険性が増すというパラドックスに着眼し、高度な金属加工によるリップルと独自の配置で「刃のない」おろし金の実現に成功し高い評価を得た。
「そういうもの」として扱われてきた事象に対して今一度疑問を持ち、改善の希望を目的意識として挙げていける変化。これも常滑急須のアップデート事例と「その想いの起こり」は同根であるのだろう。本質を素直さを以て見定める、目線の深化を予感させる審査であった。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット04:生活用品]
このユニットの審査委員
三宅 一成
デザイナー
昨今の世界情勢で生活環境の変化を強いられる中、ユニット05・06の審査対象である生活家電はどうあるべきか、様々なことに思いを巡らせる審査であった。審査を通して、外面の美的表現はもちろんのこと、その製品を通してどういうことができるのかという、ものづくりの目的や役割について、そして生活家電にとって「美しさ」とは何なのか、それらが審査委員の間で特に多く意見交換された。
通常、「美しさ」とは綺麗な色や一律に揃えられた形状など、外面的な要素を言うことが多い。今回の審査では、例えばリサイクル素材を多く含む素材できているので、色が揃わない前提でパーツ構成がされているスティッククリーナーや食材が綺麗に整理できることで扉を開ける時間を短くできる冷蔵庫など、従来の外面的な美しさでは語れない価値観が存在しているものが多く見られた。
生活家電の役割は、人々の生活をより快適により便利にすることは言うまでもないが、今の社会ではそれだけにとどまることはできない。環境負荷軽減やエシカルな消費など取り組まなければいけない課題が多くある。それらの課題がものづくりや使用感に無理なく自然に取り込まれて解決されているものは、外面にもその丁寧さが現れている。人で言うところの内面の美しさと言うようなことが生活家電にもあるのかもしれない。少々抽象的な表現だが、そのような「美しさ」を感じられる生活家電は好感がもたれ、広く受け入れられていくのではないかと感じた。
これは環境負荷軽減に限ったことではない。例えば従来からある製品を今の生活を鑑みて、もう一度ゼロベースで再構築してみる。そういう挑戦が感じられるものも同じくその熱量が外面にも現れていて、「美しさ」を感じられるように思えた。
審査の中で共感が集まったデザインは、どれもものづくりの目的や役割が明確で、それが「美しさ」として外面にも滲み出ていた。今求められる生活家電はそのような「美しさ」が伴った製品ではないか、それが応募された製品から感じられた。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞作品のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット05:生活家電&06:調理家電]
このユニットの審査委員
ユニット05
ユニット06
渡辺 弘明
インダストリアルデザイナー
ユニット07は映像/音響機器を審査する。撮る、録る、観る、聴くためのプロダクト。殆どがハードウェアのエントリーである。美しさはもとより、連携する他のプロダクトやアプリとの親和性、身につける物であれば装着感や重量バランス、入力はボタンなどのフィジカルな操作に留まらず、音声や視線、振動によるものなど多様化しており、操作感覚も大事な要素となる。さらには、パッケージを含め、環境負荷に対する取り組みも重要である。
そういった要素を包含し、審査委員の間で高評価を得たプロダクトを紹介したい。
イヤホンは国内外より多くのエントリーをみたが、解決されていない問題も多く、装着する事により周囲との隔絶を生み、危険な側面がある。SONY LinkBuds (22G070354)は、耳を塞がないリング型のドライバーを開発、音楽を聴きながら周囲の音を取り込むことを可能としている。小さいながら装着感も良く、この構造で高音質を実現しており、問題解決と物の本質とをトレードオフしないメーカーの強い姿勢が読み取れる。
また、プラスティック不使用の驚くほどコンパクトなパッケージは、この業界に蔓延する過剰な包装形態に一石を投じる勇気ある試みである。
NikonミラーレスカメラZ9 (22G070400)は、プロフェッショナルの高度な要求に応え、デザインもほどよく刷新され、Nikon以外の何者でも無い佇まいを醸している。絶妙な重量バランス、堅牢感、ボタン類のレイアウトや操作感も継承され、これ迄のNikonユーザーが違和感なく使えることを是とするブランドの理念が見えてくる。このプロダクトに限らず、多くのプロ用映像機器にはそれぞれのメーカーとしての強い理念を感じ取ることが出来る。
同じ映像機器の中で、かつて生活の中心的役割を担ったテレビがあるが、エントリーされた物の多くは、どの様な未来があるか描けていない。過渡期とも言える昨今に於いて、Panasonic TH-55LW1/TH-55LW1L(22G070442)は壁掛けに対する制約やケーブルマネージメントなど、手付かずの問題に取り組み、デザインとしてやるべきことを示している。結果、快適な住環境の形成に繋がっている。
音響機器の音源は殆どスマホになり、映像機器の撮影、再生も同様、淘汰されたプロダクトも多い。ディスプレイやプロジェクターなどは、やがて住居などの壁や天井と同化、ますますモノの存在は薄れて行く。数ある審査ユニットの中でも将来が最も見通せないユニットと言えなくもないが、音楽や映画などアートを産み出し、鑑賞し、楽しむプロダクトでもあり、今後はさらに夢のある分野であって欲しい。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット07:映像/音響機器]
このユニットの審査委員
宮沢 哲
デザインディレクター/プロダクトデザイナー
このユニットは、主に一般、公共、業務用の通信情報機器類、それらに関連する製品を扱う。
大きな特徴としては、その多くが「先端テクノロジー」を扱うが、それらを具象化するモノがどう機能し、人と環境との関係性をどうデザインするか、すなわち大きな意味としてのインターフェースが通底するテーマとなる。
広く俯瞰してみると技術進化による大きな変化は一旦落ち着き、どの製品も横軸の「広がり(普及)」から縦軸の「深度(成熟)」へと向かっているように思う。変わらず今年も個々の趣味嗜好に直接訴えかけるものもあれば、ユーザーと環境との関係性に対する答えも細分化されており、テクノロジーと感性とのバランスは常に悩ましく、審査メンバー内で議論を重ねていく必要があった。一方、エントリーされた多くの製品は社会変容の中で開発されたと想像するが、変わらず少し先の兆しが垣間見えた点は、混乱状況に適応しつつ着実に次代に進んでいる事を示唆している。審査会ではテクノロジーと人間のフィジカルや感性のちょうど良いバランスを見出そうとしている物、成熟化した中でも問い続けることをやめなかったものに多くの評価が集まった。
「美しさ、という機能」
製品用途によって、効率を求めるテクノロジーと、感性的デザインとの高い親和性を求められるのは、人間が使う道具だからこそ、である。オフィス用モバイルバッテリーOC(22G080471)は働く場所の利便性を上げるだけではない、人と環境との関係で生まれる佇まいも美しい。DELL Laptop PC(22G080493)は余計な要素をできる限り取り除くことで、人間の思考や想像力を引き出そうとしている。両案の先に見えるのは質の高いアウトプットではないか。
「問い続ける姿勢」
私たちは日々の中で既成概念を受け入れているが、本質的な問いをやめなかった答えに出会って初めてそれと気づく。家庭用インクジェットプリンターは従来、印刷に対してインク代を支払う感覚があったが、ブラザー工業のインクジェット複合機(22G080570)は印刷物に支払う明快さによって本来の印刷する意味や価値を改めて気づかせる。またヤマハのアナウンスシステム(22G080573)は音声の聴覚情報のみならず、文字による視覚情報を追加する事で「伝える、伝わる」という本質を追求した好例である。
「誰でも使える、使う世界」
設計自由度が比較的高いデジタルツールだがアクセシビリティの考え方ひとつで使える人、使えない人を残酷に分断してしまう。XBOXコントローラー(22G080538)は、エンターテイメントこそ誰もが平等に楽しむべきという高い理念によって設計され、驚くほど高い対応力を備える。またマーターポートアクシス(22G080462)は従来、建物空間のデジタル化には専門知識が必要であったが、誰でも使える独創性によって一気に用途の可能性が広がったと言える。
一方、残存する特有の大きな課題も見えてくる。それが、より踏み込んだ循環型社会への対応だ。一部メインコンセプトとしたもの(スマホ(22G080453)、ノートPC(22G080515)など)も見られたが、同様に進化し続けるデジタル関連の製品寿命は極めて短命であると考えると踏み込んだ対応が求められることは明白である。また、テクノロジーの進化とマーケットが強く結びつくことで、あまりに細分化されすぎたラインナップや開発時間が充分に取りづらい、などの潜在的課題もいまだに存在する。循環型社会実現の先端を走り、論理的な正しさだけではない、人を豊かにする、といったこの難題の「答え」にいかに近づけられるか。開発に携わるものは、より一層分野を超えた視点と大胆且つ繊細なバランス感覚を求められる時代になったといえる。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット08:情報機器]
このユニットの審査委員
重野 貴
プロダクトデザイナー
何年か続けて同じユニットの審査に携わっていると、時代がデザインに求めることが点ではなく線として見えてくる。特にこの産業・医療機器設備のユニットは、常にその時代が持つ課題を映し続ける鏡と言えるだろう。
今年度の審査で印象的だったのは、ロボティクスが製造を始めとして物流、医療、建設といった様々な分野に向けて、セグメントを超えて幅広く社会実装され始めたことである。2022年はロボット産業におけるひとつの変曲点とも言われているが、その非連続とも言える変化を目の当たりにした審査となった。
特に医療においては、国内外問わず多くの医療支援ロボットの応募があったことに驚かされた。ロボティクスと高速通信・仮想現実技術とが連動していく未来の医療の片鱗が垣間見えたと同時に、テクノロジーという光が落とす影ともいえる、医療格差の問題を是正しようという提案にも審査委員の注目が集まった。
製造においては、重可搬性と同時に柔軟さ・繊細さという背反し合う要素を兼ね備えた次世代の大型産業ロボットや、人との親和性をより深めていこうとする協働ロボットやAGV(無人搬送車)の深化が印象に残る。
ロボティクスの躍進の背景には、AI・センシング・データ解析といった技術革新の交差があるが、コロナ禍という非常事態の中で、自動化・分散化によって人の営みを支えようという思いが大きな原動力となっている。感染症という制御できないものと対峙し、技術開発によってその先の未来を切り開こうとする姿勢に、人の叡智を感じずにはいられない。
近年、製造・医療の分野では、少子高齢化に伴う慢性的な人手不足の中で、テクノロジーによって人の能力を代替、あるいは拡張することが喫緊の課題となっているが、結果的にこのユニットの多くの応募の根底にあるのは、人とテクノロジーの関係性をどう最適化するかというテーマに帰結してきたと言ってもいい。
しかし今年度の審査で感じたのは、人とテクノロジーとの関係性がそれだけにとどまらず、その存在を意識しないほど親和し、まったく新しい可能性を示そうという段階に移行してきたことである。
技術に価値を与えるのは、言うまでもなく人間である。プラットフォームとなる技術が確立しつつある今、私たちがどのような夢と未来を描くかが改めて問われている。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット09:産業/医療 機器設備]
このユニットの審査委員
田子 學
アートディレクター/デザイナー
住宅向け設備を対象としたユニット10の製品は、消費者が日常的に触れる製品もあるが、なかなか目には触れることのない縁の下の力持ち的な製品も多くあるのが特徴でもある。
近年は本ユニットへは海外からの応募も多いため、日本国内の常識に囚われることなく、各国地域の環境や文化的背景に起因した多様なライフスタイルを理解する必要がある。
審査において共通して言えることは、住まう人と製品やサービスの関係性を紐解いているかどうか、長い時間軸で時代の変化に耐えうるユニバーサルな観点も持ち合わせているか、という点が評価軸であった。国際色が豊かになりつつあるグッドデザイン賞の議論には、ますますこうした多角的な視点が必要不可欠となっていると感じた。
パンデミックによって暮らしが一変し、これまでの常識は覆り、デザインする対象も変化した。気候変動問題に起因した各種災害、エネルギー確保の問題や長引くウクライナ侵攻など、激動の世界においては、物理面でも精神面でも、ますますデザインの力による解決が強く求められるだろう。
本年度の審査会で目に留まったものは、いずれも未来の暮らしの有り様に「本気で向き合うアティテュード」がデザインに色濃く表出している製品やサービスであった。個社の利益ではなく、社会全体の利益であるかを俯瞰し、時代の変化を読み解きながら、臆することなく、未来を切り拓き創造する強い意志がプロダクトに美しく落とし込まれている。しかも、持続性あるデザインとしても成立しているのだ。
審査委員の共感と関心が集まっていたのは、一見、従来とは変わらないように見えるプロダクトでも、使われ方の工夫はもちろんのこと、環境配慮、素材選定、製造方法など全ての工程に目を配ることができているものであった。デザインをインストールする事で、消費者への価値提供だけでなく、製造、流通、施工、サービスを含めた諸問題の解決に導くことができるのだと、改めて確信したのである。
半導体不足を筆頭に調達の障壁解消の目処が見えない今日、製品の生産や流通の不安に苛まれながらも、世界中で企業が生き残りをかけて、次の時代に必要とされるデザインを模索し続けている。 このユニットで取り扱うプロダクトは豊かな暮らしに密着しているものが多いだけに、志高く製品・サービスの開発に日々邁進する企業へ、エールを送りたいと思う。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット10:住宅設備]
このユニットの審査委員
佐藤 弘喜
デザイン学研究者
ユニット11ではオフィス家具や公共機器設備の審査を担当した。コロナ禍の状況での審査も3回目となり、オンラインによるヒアリングなど、感染対策に配慮しながらの審査がある程度、軌道に乗ってきたように思われる。
本年度の審査では全体を通して、問題状況に対するミニマルなデザインアプローチが印象に残った。ミニマルなアプローチはモダンデザインの王道ともいえる姿勢であるが、今日の長期にわたる感染状況の中で、人々のライフスタイルや価値観があらためて、よりミニマルでシンプルな方向に向かっているように感じられる。本ユニットの審査で高く評価されたオフィス家具の多くは、リモートワークなどワークスタイルが変化する状況下で、よりフレキシブルで環境との親和性が高いデザインに向かっていると推察される。そのためのデザインが結果として、コンパクトでシンプルな表現につながったと考えられる。また、製造時および使用時の環境負荷の低減や、使用後のリサイクル性などの要求もその方向性を後押ししているものと思われる。3年にわたるコロナ禍での生活は、人々のライフスタイルに関しても遠距離の移動やエネルギー消費をともなう行動を控えさせることとなり、環境意識の高まりともあわせて、ミニマルな価値観をもたらしているのではないだろうか。
またその一方で、希薄となったコミュニケーションの質に対する希求や、使用環境における存在感、実体のあるものが持つ質感や印象といったリアルの価値を重視する傾向も見られた。非接触、遠隔、無人化などのキーワードがあてはまる製品が多い一方で、シンプルでありながら、素材や仕上げなどによってものとしての魅力を打ち出した製品も多く見られたことは心強く感じる。本ユニットの対象である多様なジャンルの設備機器やユニバーサルデザインに関する製品、介護用品などでは、対面や接触などの条件が前提となる製品も多い。オンライン化が進む社会状況の中でも、リアルワールドの問題に正面から取り組み、価値を創造していくことが常に求められていることを実感させる審査であった。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット11:家具・オフィス/公共 機器設備]
このユニットの審査委員
森口 将之
モビリティジャーナリスト
100年に一度の大変革という言葉は、グッドデザイン賞のモビリティユニットにも当てはまる。
少し前までは乗り物そのものの応募が多数を占めており、ジャンルは自動車、鉄道、飛行機、船舶など限られていた。しかし近年は新しい形態のパーソナルモビリティが増えるとともに、MaaSに代表されるモビリティサービスも目立ってきた。
従来これらの多くは新進気鋭のベンチャーやスタートアップが手がけたものだった。しかし今年度の応募では、長い歴史を誇る自動車メーカーがこうしたジャンルに挑戦した事例が見られるようになった。
公共交通においても似たようなことが言える。こちらは新型コロナウイルス感染症の長期化で、利用者が減少するという厳しい状況が経緯となっているが、新幹線で荷物を運んだり、停車中に物品を販売したりと、従来にはないサービスのアプローチがあった。
いずれも社会情勢の変化を前にして、従来のスタイルに固執していては未来はない、という危機意識があったのだろうが、自分たちから積極的に変えていくという姿勢は好感が持てるし、長年培った経験は洗練や信頼という形に表れていると感じた。
電動化の流れも顕著であるが、エンジンをモーターに置き換えただけというフェーズは終わり、次のステップに入っていることを実感した。従来は不可能だったフォルムやインターフェイスを提供したり、電動化により労働環境を改善したり、駆動用バッテリーを家庭用外部電源として使えるようにしたもので、新たな価値の提供が今後の指針になりそうに思えた。
自動化については、乗用車の完全自動運転は当面実用化が難しい一方で、工場や倉庫など限られた空間での物流分野への導入は実現性が高く、実際に複数の応募があった。縁の下の力持ち的存在ではあるが、現場の環境改善や意識向上に寄与するものであり、今後も意欲的な提案を期待したい。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット12:モビリティ]
このユニットの審査委員
手塚 由比
建築家
ユニット13は住宅や小規模集合住宅のユニットである。ハウスメーカー、工務店、設計事務所などによる住宅、また小規模集合住宅として、賃貸住宅、高齢者住宅、そして最近応募の増えてきた海外の住宅、そして住宅建材、と応募は多岐にわたる。
私たち審査委員は、応募対象のそれぞれが「その業界の中で社会をより良くするための提案ができているかどうか」を考えながら審査を行っている。そして今回の審査を行うに際して前提として意識したのが、コロナ禍を経て人々が住まいに対して求めるものが変化してきている、ということである。テレワークをする機会が増え、家で過ごす時間が増えたことで、家での生活をもっと豊かにしたいという気持ちが高まっているのを感じる。そして「家での生活の豊かさ」は、建築空間としての豊かさだけではない。家が建つ地域における人々の結びつきを強めるような取り組みも数多く見られたことは、住宅をつくる側・供給する側の考え方もより社会的に変化していることを表していた。
ユニット13でベスト100に選ばれたのは、hocco(22G131019)、神山町・大埜地の集合住宅(22G131024)、HOWS Renovation国立の家(22G130967)、バウマイスターの家(22G130990)、椎葉邸(22G130991)である。
hoccoは住宅地のバスターミナルに店舗併用賃貸住宅を建てて地域交流拠点としたもの。住む人のなりわいをきっかけとして交流が生まれ、魅力ある街が形成されている点が評価された。駅前だけによらない新しい開発手法として今後のお手本となる事例である。
大埜地の集合住宅は、町が子育て世代を呼び込むために整備した集合住宅。町の資源である緑を生かした景観づくりが高く評価された。住む人が手を入れて住み継いでいく仕組みも素晴らしい。
HOWS Renovationは、中古住宅をスケルトン販売するという新しい取り組みが評価された。中古住宅を安心して購入できるようにする仕組みとして画期的である。
バウマイスターの家は、日本の木材市場の問題点に一石を投じている作品。林業を持続可能なものとするための示唆に富んでいる。
椎葉邸は、京都の築100年の住宅の改修である。母家を新築の下屋で補強しながら、歴史と現代の織り混ざった魅力的な空間を作っている点が評価された。
いずれも地域の資源を再発見し、大きな社会状況や地域社会や身のまわりとの関係から、豊かさの意味を考えさせてくれる好事例として高く評価した。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット13:建築(戸建て住宅〜小規模集合・共同住宅)]
このユニットの審査委員
駒田 由香
建築家
今年度の中〜大規模集合住宅の審査は、この数年来、住宅が立地する地域や周辺の環境に積極的に目を向けた事例が多く見られる傾向にあるが、その傾向にさらに新しい視点が現れていたように思う。
例えば、大規模開発に際して求められている地元の要望に丁寧に向き合った事例や、大規模開発の態様そのものを見直し、経済合理性だけでない価値を創出した事例があった。中でも、旧来の住人の転出などで虫食い状になった都心の一等地を開発するに際して、土地を整理して超高層集合住宅に建て替えるといった定型的な手法ではなく、路地のような隙間を敷地に引き込んだ木造集合住宅の配置により段階的に整備する計画は、ある意味で「古くて新しい開発」と言えるのではないだろうか。広大な空地を確保し、共用部に立派なコワーキングスペースがあるような派手な計画ではないが、住む人と地域に何をもたらすことができるのか、ローカル・ベネフィットの観点を備えた事業者が、建築家とともに人間のスケールで考えているからこそ生まれたはずだ。コミュニティの醸成というテーマに、より真摯に向き合う姿勢が大手デベロッパーにまで浸透していることを伺わせる。
ローカリティを大切にするという意味では、戸建住宅地開発における協定によるソフト面での取り組みにも興味深い事例があった。環境保全によって住民の資産を守り、住民活動の自発性と継続性を促す協定は、長きにわたって住環境の形成に関わることができる供給者としてのメーカーだからこそ取り組まれるべき、素晴らしい活動であるように思う。
各種の寮についても、近年注目に値する試みが増しているが、今回も高いレベルの事例が複数見られた。入寮者間のコミュニティの育成を重視するだけでなく、企業理念に沿ったファサードの美しさが強調された建物や、外部を巧みに引き込み、居室間に繊細な距離感をとったものなど、寮という目的性が定まった住まいのあり方を、当事者間で完結させるのではなく外部と呼応した生活の拠点として充実させようとする、事業者の確かな意思を予感させた。
また社会的な注目度が高まっている高層都市木造について、新しい構法の事例が見られた。CO2削減にも寄与する都市木造は、年々技術の発展が目覚ましいが、一般戸建住宅に使用される製材を用いた展開可能でかつ汎用性を併せ持つ構造は、従来とは異なる都市木造のアプローチであり今後の展開が期待できる。
最後に、既成の慣習に真正面から向き合い、理想の介護のあり方を目指したサービス付高齢者住宅について触れておきたい。人間らしさを追求した空間は実に豊かで、この施設が居住者のみならず、その近親者や地域住民にも大いなる貢献をもたらしている。本来の意味でのコミュニティのあり方をこの事例から教わった思いである。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット14:建築(中〜大規模集合・共同住宅)]
このユニットの審査委員
山梨 知彦
建築家
ユニット15は、産業施設や商業施設、すなわち一般的には「収益施設」と呼ばれる、ビジネスや収益性に直結した建築デザインを扱うユニットである。
とはいえ、その規模の大きさや利用者の多さなどから、収益性のみならず社会課題を認識し、より良き社会へとつながるデザインが求められるべき領域であり、本年のグッドデザイン賞に掲げられた「交意と交響」にも強くつながる分野であると考えている。こうした思いを出発点として、審査に際して全審査委員で議論を繰り返す中で、以下のような「3つ」の共通認識が形成された。
他の建築デザイン賞と比較し、昨今のグッドデザイン賞では、「仕組み」や「取り組み」と呼ばれる、最終的な建築に至る以前の事業の組み立てなどのデザインを重視する傾向が高まっている。この点は本賞の特色として是非重視したい。
その一方で、ユニット15は建築デザインといった具体的なモノに関わる審査ユニットであり、仕組みや取り組みのユニークさがいかに具体的な建築としてデザインされているかも重視すべきである。
さらにはそのデザインがデザイナーの独りよがりではなく、適切に、ユーザー体験へとつながったものになっているかにも重きを置く必要がある。
つまり、仕組み・取り組みと、空間デザインと、ユーザー体験の3つのデザインがバランスし、架橋されたものとなっていることが審査のよりどころとなった。
実際の審査では、提出された資料を熟読し全審査委員が合意に至るまで協議を繰り返した上で、グッドデザインとして選出するに至った。収益施設でありながら社会課題の解決に向かって意欲的であり、同時に3つのデザインのバランスが取れている作品が選出できたと考えている。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット15:建築(産業/商業施設)]
このユニットの審査委員
伊藤 香織
都市研究者
今年度の審査結果を見ると、作品のバリエーションが豊かであったことに気付かされる。ベスト100に入った作品だけでも、図書館、美術館、児童遊戯施設、景観づくり、河川整備、公園整備運営と建築・土木・景観を網羅し、新築、リノベーション、整備、運営などに渡る。現れは多様ながら、全体の傾向を2点挙げたい。
ひとつは、地域課題や社会課題への真摯でクリエイティブな取り組み方である。特に、インクルーシブ、GX(グリーントランスフォーメーション)といったテーマは、ともすればお題目になったり、デザインとは切り分けた対応となったり、そのために取り組みがあるだけで評価されたりしがちであるが、今年度はデザインに昇華され統合さているものが多かったように感じられる。また、官民の境なく、それぞれの立脚点から地域課題・社会課題に取り組むという姿勢が確実に進んでいる。
もうひとつは、時間軸があることである。地域や利用者に接する期間がより長くなり柔軟にデザインが続く様子は、設計段階での住民参加ワークショップのような一般化してきたプロセスのさらに先を行く。10年以上にわたって地域と対話しながら地域に馴染んだ景観整備を積み上げていくとともに、住民意識の変化ももたらした﨑津・今富の文化的景観整備(22G161239)や、設計者や施工者も入った特別目的会社が開業後も運営にも関わって場を育て続けようとするシェルターインクルーシブプレイスコパル(22G161188)などはその好例だろう。
これらは必ずしも目新しいものではないが、今年度の作品群ではそうした傾向が随分定着してきたように感じられた。一方で、公共の空間整備に関わる制度は容易に変われないところもあり、そこに切り込む作品も見られた。公共発注システムの前提に挑戦した守口市立図書館(22G161185)や、新たな公園運営の制度の本来の意味を問い直すような大蓮公園 SUEプロジェクト(22G161241)などは、制度転換に向けた新たなモデルにもなり得るだろう。
当たり前のことだが、ユニット16の作品群では、取り組む課題にもデザインにも地域らしさが色濃く反映されている。それぞれ「違う」ことの愛おしさと可能性をあらためて感じるのは、急速に情報が移動に取って代わられつつある今だからだろうか。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット16:建築(公共施設)・土木・景観]
このユニットの審査委員
鹿野 護
デザインディレクター
ユニット17が包含する領域は多岐にわたり、まとめて総評することは難しい。しかし、あえて言葉を探すと「あるべき姿を求めたデザイン」となるだろう。立ち止まり、何をすべきかを考え、次に向かっていく。そうしたデザインの潮流が感じられる審査であった。
コンテンツ領域に関しては「俯瞰」する機会をもたらすものが印象的であった。過去の取り組みをまとめ、全集のような形で公開するだけでなく、文化財的な価値をも創造するのが特徴だ。また、本当に必要なものは何か?という模索と挑戦の中で生み出されたコンテンツも多かった。こうした真摯な情報発信は、確実に社会により良い一石を投じるものになるはずだ。
ブランディング領域においては、象徴的なロゴマークなどを改変するのでなく「システム化」を活用している事例が見られた。ピクトグラムやフォントなどの基本要素を適切にデザインし、コミュニケーションの隅々に浸透させるのだ。こうした細やかな取り組みが、組織内外の信頼感を向上させ、結果的にブランド力を高めるのである。
パッケージ領域ではオンライン社会と脱プラスチックの影響から、パッケージそのものの意味を再考する時代であることが強く感じられた。そうした中で印象的だったのは、商品の魅力をまっすぐ表現したデザインである。すっと腑に落ちる明快さ、いわば「素」の力が発揮されたものに高い評価が集まった。
コロナ禍で苦境にあった展示領域では、一人一人に「最適化」された体験を提供することで、新たな空間活用が見出されつつある。公共という空間の中で、いかに個人の内面に語りかけるか。こうした考え方は今後の展示においても重要なキーワードになるはずだ。
このユニットは時代のコミュニケーションのあり方を色濃く反映させている。今後は、今年のデザインを継承しつつも「あるべき姿」により接近していくのだろう。この総評がその一助になればと願う。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット17:メディア・コンテンツ]
このユニットの審査委員
井上 裕太
プロジェクトマネージャー
社会の基盤を作るという強い意志と実装、その「交響」を感じる取り組みに評価が集まった。
社会基盤といっても、対象領域や規模は様々だ。
Notion(22G181425)のようにグローバルに働き方やコラボレーションのインフラとなったプロダクトから、YAMAP DOMO(22G181355)のようなコミュニティにおける利他的な行動を喚起するポイントシステム、そして人口800人の山古志地区における住民会議(22G181419)の地道な創意工夫とNFTの活用による地域活性化まで、多様な基盤作りが行われている。
大きな潮流を感じる問いも、いくつか提示された。
「どうしたら、デジタルを用いて公共分野をより開かれた、そして活力あるものにすることができるだろう?」
デジタル庁における行政サービスデザインへの取り組み(22G181433)は、その象徴となる活動だ。デジタル行政におけるデザインの位置付けを、最後に見た目を整える役割から、立ち上げから参画し企画を共に考えるサービスデザインへと変える。それを閣議決定という形で提示し、現場での言葉の使い方から変えて小さな成功を積み上げ、組織を動かした。台湾の公共劇場・音楽堂によるOPENTIX(22G181350)も、コロナ禍における芸術やパフォーマンス産業振興への意志を感じるシステムだ。また、データによる公共施設の経営という観点からも参照すべき事例だろう。
「どうしたら、医療や障害にまつわる体験をリデザインし、持続可能かつ愛されるあり方を目指せるだろう?」ファストドクター(22G181357)は、救急医療のあり方をデジタルによって再編集している。労働人口が減り続ける日本において、裏側での効率化や効果的なマッチングを徹底することで、主役である医療従事者の負担を軽減した。救急医療サービスの先駆者となった取り組みの意義は大きい。
ミライロID(22G181316)は、デジタル化によって障害者手帳にまつわる体験の社会性と経済性を両立しながら、より障害者とその家族が外出したくなる社会を志向している。ペイメントとのかけ算により、障害者手帳を提示することなく様々な優待を受けられるようになる意味も小さくない。
共通しているのは、意志を持って新たな社会像を示していること。デジタルを用いてあるべき体験を実装・改善し続けていること。そして、関係者を巻き込む努力を地道に続けていること。それらが響き合うまで走り抜けた結果、社会の基盤構築へとつながっている。
デザインによって、システムやサービスが社会変革のさらなる機動力となる未来へ向けて、「交意」と「交響」を続けたい。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット18:システム・サービス]
このユニットの審査委員
岩佐 十良
クリエイティブディレクター/編集者
「ひらめいた!」。シナプスが繋がっていく瞬間を、誰もが感じたことがあるはずだ。特に子供の頃は多くの「ひらめき」があったはず。しかし大人になるにつれ、社会にどっぷり浸かるにつれて、「ひらめきが少なくなった」という人は多いはずだ。
デザインとは「問題解決のプロセス」であると私は思っている。もちろん直感から生まれる美しい造形もデザインではあるが、それも行き詰まった時代を変える提案がそこにあるからこそ評価される。とくにユニット19のような「取り組み」「仕組み」のデザインともなると、いかに社会課題と真剣に向き合い、問題解決のための具体的方策を考えているのかが重要であり、さらにそのプロセスが「実現可能(持続可能)」で、しかも「美しい」ことが求められる。
今年度、ユニット19「地域の取り組み・活動」「コミュニティづくりの取り組み・活動」の応募作品は極めてレベルが高く、「発明」と言えるべきものが多く含まれていた。
具体的な作品例を挙げるならば、『まほうのだがしやチロル堂』(22G191474)は、審査委員一同がその発明(仕組み)に感動した。昼は駄菓子屋、夜は「チロル酒場」という地元の大人で賑わう居酒屋という、誰もが入れるお店でありながら、実は子ども食堂としての機能を持っている。
画期的なのは通貨の変換という発明(仕組み)があること。百円がガチャによって1チロルから3チロルに変換され、1チロルでカレーライスを食べることができる。つまり子どもたちにとっては引け目を感じることなく、ゲームのなかで得してカレーを食べられるのだ。そしてその原資は大人たちの飲食代の一部から充てられ、レシートに表記されるなど可視化されている。
これを「発明」と言わずして何を発明というのか。
もちろん世紀の大発明ではないかもしれない。しかしこの発明には長い年月をかけた問題解決への熱意が背景にある。そういった視点からベスト100に選出された作品を俯瞰してもらうと、「熱意・継続・発明」という点で共通していることが理解してもらえると思う。
形から入った公民連携ではなく、現実としてそこに築き上げた『BEPPU PROJECT』(22G191456)、極めて難しい目標設定(売上)を短期間で達成させた『さがアグリヒーローズ』(22G191457)、メディアのあり方と自身のあり方を根本から問うた『ローカルフレンズ滞在記』(22G191436)、郊外住宅で起きているちょっと悲しい現実を変えようとしている『植木の里親・もらえる植物園』(22G191470)、ビンロウ農家の所得を引き上げるだけでなく台湾産カカオの品質を世界に知らしめた『The sustainable chocolate business model』(22G191462)、捨て犬問題を変化球で解決しようと試みる『A Music Festival Project that Rocks the Animal Protection Education for the 23 Million』(22G191437)。
大人になって「ひらめきが少なくなった」と感じる人は、ぜひこれらの作品の背景を想像して欲しい。もしかすると「ひらめきが少なくなった」理由は、自分の「熱意と継続が足りない」からかもしれない。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット19:地域の取り組み・活動]
このユニットの審査委員
西田 司
建築家
今年のユニット20は、ベスト100になったものを見ても、医療あり、福祉あり、農業あり、教育あり、防災あり、リサイクルありと、審査がより多様な展開をみせている。その中でも共通項を探すと、これまで取り組まれていなかった分野で、都市と地方や、健常者とハンディキャップなどの、これまで2項対立的に捉えられてきたものを地続きにしようとする(ギャップを埋めるような)アプローチが印象的だった。
幾つか代表例を紹介すると、ユニット20から金賞に選ばれたNEURAL GP network(22G201521)は、島根大学医学部の総合診療医養成プロジェクトで、全国的に地域医療の担い手が不足する中、学生時代から地域と繋ぐデザインが、総合診療医の育成と、地域とのネットワークを持つ両面から画期的で、今後の地域医療への貢献や汎用性が高いものであった。
同じくデュアルスクール(22G201526)は、区域外就学の制度を活用し、都市と地方の二地域居住を試みる家庭の子どもが、住民票を移動させずに両方の小学校に通える教育のインフラデザインとも呼べるもので、コロナ禍以降の日本の暮らし方の多様性を後押しするものであった。
また特別賞となったキヤスク(22G201481)は、障がいがある無しに関わらず、好きな服を選び着てもらいたいという思いではじまった、服のお直しサービスであるが、ここの優れた仕組みは、障害児を持つお母さん達を、服を直す担い手としてネットワークしており、自らが経験した服を直すスキルを、境遇が似た家庭にスキル提供することで、なかなか働きに出るのが難しかった障害児を持つお母さんに社会的な仕事をも生みだしている点であった。(昨年度ユニット20から大賞になったオリィ研究所の障害がある人でもロボットを通して社会と仕事で繋がるというデザインにも同様の視点があった)
SDGsや、循環型社会と言った時に、これまで循環の枠の中に入っていなかったり、目を向けられていなかったモノやコトに繋がりをつくることで、新たなサイクルが始まっていく時代。これまでの経済合理性だけでは豊かさが語りきれないときに、どこにデザインの力でフォーカスし日本の暮らしをより良くしていくか。そんなことを考えさせられるユニット20の審査会は、とても興味深い。
「審査の視点」のトークセッション
トークセッションでは、各ユニットの担当審査委員が受賞対象のデザイン、背景を読み解きながら、そのユニットの「評価のポイント」についてお話しいただきました。
2022年度グッドデザイン賞 審査の視点トークセッション[審査ユニット20:一般向けの取り組み・活動]