審査ユニット総評
本年度のグッドデザイン賞の審査も、応募対象を領域別にグループ分けした「審査ユニット」ごとに行われました。ここでは「審査ユニット総評」として審査を通じて見られた領域特有の傾向や課題をまとめています。
ユニット01身につけるものユニット02パーソナルケア用品ユニット03文具・ホビーユニット04生活用品ユニット05生活家電ユニット06映像/音響機器ユニット07情報機器ユニット08産業/医療 機器設備ユニット09住宅設備ユニット10家具・オフィス/公共 機器設備ユニット11モビリティユニット12建築(戸建て住宅〜小規模集合・共同住宅)ユニット13建築(中〜大規模集合・共同住宅)ユニット14建築(産業/商業施設)ユニット15建築(公共施設)・土木・景観ユニット16メディア・コンテンツユニット17システム・サービスユニット18地域の取り組み・活動ユニット19一般向けの取り組み・活動
廣川 玉枝
クリエイティブディレクター/ デザイナー
時代が変われば、人の価値観や暮らし方も変化する。そうなれば、時代に合わせて製品も進化し続けるべきだろう。身の回りの製品を見つめ直し、わずかなアイデアを加えるだけでも今までにない新たなデザインになる可能性があり、また独自に開発し長年培ってきた技術や製品のアーカイブを時代に合わせてアップデートする事で、新たなデザインが誕生する余地が大いにある。本年度の受賞作には新たな視点を持ち、⻑年積み重ねてきた独自性のある技術を活かして創見に富んだ製品を生み出した企業が幾つかみられた。GORE-TEXは防水性・撥水性を備えた耐久性ある生地として長年愛される製品だが、その特性を保ちながらも昨今課題となる環境問題に取組み、次世代のGORE-TEXとしてPFASフリーの素材開発を行った。(24G010030)物づくりの川上にある素材が、大手アウトドアブランドやアパレルメーカーの川下に行き渡ることによって、社会的に大きな変化をもたらす影響力があり、本年度の提唱である「有機あるデザイン」として捉えることができる。また、特殊なシリコン製ヘアゴムKKOOR(24G010012)は、自動車部品用ゴム製品の大手メーカーによる開発であり、自社の知見から伸びにくく切れにくい優れた性能を持つ革新的なヘアゴムを開発し、大いなるジャンプに至る取り組みは「勇気あるデザイン」に繋がる。
また、マイノリティ層をターゲットに開発した製品が社会的な課題解決を成しとげながらも、結果的に多くの人々に愛される製品になり得る可能性があると感じた。例えば、オートフォーカスアイウェア「ViXion01」(24G010011)は、元々弱視の方へ向けて開発されたアイテムだが、遠近フォーカス機能を伴っているため老眼など視力が低下した方にも適応出来る製品となっている。「ケアソク」(24G010036)は浮き指予防の靴下を科学的なアプローチから設計した製品であり、「steppi」(24G010039)は医療現場の声を形にしたニットの靴だが、両方とも“心地良さ”を目指した製品の特性から、ユーザー層が狭まることなく汎用性が期待できる。
一方で、再生繊維や残布の使用など、環境や社会課題の解決を中心に置いた製品開発の姿勢は現代において肝要ではあるが、それが先立つ事で本来目指すべきである物の完成度や独創性、美しさが伴わない製品は残念ながら評価に至らなかった。特に美しさが伴わないものは人々に愛されることはなく、結果的に持続可能には至らないため次回への課題として期待したい。誰もが自ずと然るべき持続可能なものづくりを探究し、当たり前に成すべき事と捉える時代にすべきだろう。
このユニットの審査委員
鈴木 元
プロダクトデザイナー
ユニット2はパーソナルケア用品のユニットとしてウェルネス、衛生、美容、育児、福祉、介護用品などが主な審査対象である。本年も多様なエントリーがあったが、審査会で共通して議論となったのは「ケア」そのものの質や、その射程の広さであったように思う。
ケアとは、個人主義的なものではなく、誰かを思いやり、共感し、支援するという他者との関係性や、その先にある社会的責任、倫理的な関わり方を含む包括的な概念である。今年、特に評価を集めたものも、見つめる視線の先に、個人と社会の双方に潤いをもたらし、より人間的で持続可能な社会を築くことを見据えるものであった。
介護用洗身用具スイトルボディ(24G020096)はその好例である。高齢者介護で負担の大きい入浴に着目し、ベッドで洗体を可能にするという現場に寄り添った新しい選択肢を提案している。毎日を清潔に過ごすという、人として当たり前の欲求を、多くの人が当たり前に満たせる意義は大きい。社会問題となっている介護従事者の不足や老老介護への負担も軽減し、高齢化社会における生活の質の向上に寄与することが期待される。無印良品のスキンケア敏感肌用シリーズのリニューアル(24G020060)では、処方を天然素材へアップデートするだけでなく、自社でボトルの回収、再生、製造を一貫して行い、ライフサイクル全体をリデザインしている。使用者の美しさと、環境全体の美しさを同時にケアする視点は、人間と自然とは本来一体であることを思い出させてくれる。また、「ふるさと元気プロジェクト」(24G020105)や「明日わたしは柿の木にのぼる」(24G020104)といった地方の天然素材を活用した取り組みは、地域資源を再発見し、その実りを循環させることで、地域経済の活性化に貢献するものだ。
これらのプロジェクトは、デザインを通じて個人と社会の間に新たな関係性を築き、相互のケアを促進する意義深い例となっている。個人の勇気や思いやりが社会を支え、同時に社会が個人を支える。個人と社会が有機的に、相互依存的にケアしあう関係性に、持続可能な未来の姿が浮かび上がってくる。デザインがそこに大きく貢献できることを、本年度の受賞作は示してくれている。
このユニットの審査委員
原田 祐馬
デザイナー
ユニット3は、ペンからシューズ、ノート、教育ツール、釣り竿、テントまで、私たちが生活していく中で、すでに当たり前のように何十年も存在しているものの応募が多数を占める。開発に携わりデザインしている人たち、製造に関わる人たちは、歴史の積み重ねの中から、少しでも良いものを、少しでも誰かのためになるようにと、日々、磨きをかけ続けてきた非常に成熟しているジャンルとも言えるだろう。今年の審査では、多くの製品が少しずつアップデートされ、時に素材から開発し、今、出来るサスティナビリティを考え尽くしたつくり方自体の提案があったり、私たちが目に見えないところからデザインに取り組み、つくるもの自体が及ぼす社会的影響を考え抜いたものが多くあったのが印象的だった。しかし、審査の中で難しいと感じた点もある。海外の教育ツールの審査を例にしてみると、姿かたちやユーザビリティの視点では審査出来るが、そのツールの必要性や生まれた文化的背景が見えにくいという課題が浮き彫りになった。今年のテーマ「勇気と有機のあるデザイン」の「有機」の部分を紐解いていくには、より深くその国の教育状況を知る必要がある。その深さを知る方法として、応募者と審査委員の双方が歩み寄って対話することが、グッドデザイン賞のような未来を考えていく場では、より一層、求められることになるだろう。また、これは海外の応募者だけでなく、国内でも近しいことが言えるかもしれない。例えば、私たちが生活していく中で、ほとんどの製品は、大多数の人たちが気兼ねなく生活できるようにデザインされているものに囲まれている。その反面、大多数には含まれず社会から置いてけぼりにされてきた人たちがいることを忘れ、インクルーシブな視点でデザインに取り組めていないものが、まだまだ存在していることにも繋がっていると考えられる。私たち、デザイナーが仮説として設定した「人」は、誰を指しているのだろうか。使いやすいというその使いやすさは誰にとって使いやすいのか。そのようなことが審査ではもう一つの側面として、議論されていた。どのようなアプローチでデザインすれば、多角的、他視点なつくり方になるのか、これからも社会を見つめ歴史を積み重ねたデザインに期待したい。
このユニットの審査委員
柳沼 周子
バイヤー
今年度のユニット4「生活用品」では、近年になく審査対象数が数十件単位で減少した。背景として、最終製品としては「日用品」であったとしても、その周辺を含めた「取組み」や「ビジネスモデル」が審査対象に含まれるケースが多かったことが挙げられる。生活用品のほとんどは成熟カテゴリーであるからこそ、進化の矛先が周辺に向かうことは自然な流れだ。近年、産地や成り立ち、つくり手の思想といった「ものの背景」を選定基準として重視するユーザーも増加傾向にある。このように俯瞰してみると、審査点数の減少という事実は、さほど悲観的に捉えなくても良いと受け止めている。
今回、ユニット内で高い評価を集めた製品には、徹底した「生活者志向」から生まれたグッドデザインという共通項を感じる。「REPITA キッチンペーパーホルダー、ウェットティッシュケース」(24G040216)の主役は、製品底部に配された独自開発の全く新しい「吸盤」だ。「固定」と「外しやすさ」という、相反する要件を両立させ、レフィルの入れ替えや製品を移動する際の操作性を大きく改善した。ユーザーが長年無意識に我慢してきたストレスを解消し、筋力や指先の力が弱い人々にとっても優しい製品である。
もう一つ、「ざる屋の盆ざる」(24G040198)は、長期に渡り業務用で重宝されてきたステンレス製の平ざるを、一般家庭用にリデザインしたものだ。こう書くと簡単なことのように思えるが、単機能に秀でた道具を複数使い分ける業務用とは異なり、家庭用となると、汎用性と収納性、手入れのしやすさが求められる。徹底した利用シーンの研究を経て辿り着いた製品は、水/油切り、湯通し、粗熱取りと多用途に使え、ざるの可能性を大きく広げて見せた。
成熟カテゴリーとはいえ、人々の暮らしに直結する製品群であるだけに、今後への期待は常に大きい。人口の平均年齢の高齢化、気候変動対策や防災用品へのニーズの多様化、健康寿命の延伸といった観点からも、時代のニーズを捉えた進化や新たなユニバーサルデザインとの出会いが、次年度以降より増えていくことを願っている。
このユニットの審査委員
川上 典李子
ジャーナリスト
家庭で用いられる電気製品は登場してから半世紀以上が経過し、生活がより便利になるように時代の移り変わりとともに進化を遂げてきた。普及率の高い製品も多いことから一般的に成熟産業と表現されているが、だからといって試みを止めて良いわけではない。社会の今後に目を向けた提案はいまどのようになされているのか。そうした観点を忘れることなく審査を行っていった。
全体として実感したことは、すでにある製品をより良いものへと進めていこうとする関係者の誠実かつ堅実な姿勢の存在だった。内部構造にも遡りながらデザインが検討されている。見えにくいかもしれないが、大きなチャレンジに他ならない。
一例として、Panasonic 冷凍冷蔵庫NR-C37ES1、C33ES1シリーズ(24G050287)。奥行サイズを60cmに押さえたうえで、空間に美しく納まる水平垂直基調の造形を、冷蔵庫の一般的な素材である鋼板と樹脂を精緻につくりあげる工夫を重ねることで実現している。冷凍冷蔵庫づくりに携わるデザイナーが理想としながら従来は実現に至っていなかった造形が、スタンダードモデルのフルモデルチェンジを機に行われている。デザイナーの想いが、企業の力を結集することで推し進められたものだ。
その背景には、販売店舗における値下げ競争からは一線を画してメーカーが指定した価格で販売を行う流通改革、すなわち指定価格制度の開始から数年が経過したことも挙げられるだろう。持続可能な製品の今後を思い描くことのできる、ひとつの潮流が見え始めている。
他にも、企業の強みを生かしつつ、開発製品の幅を拡げるべくなされた果敢で実直な取り組みが興味深い。ミキサー SLB型(24G050248)はその良い事例である。Panasonic ホームベーカリー SD-CB1(24G050255)のように今日のライフスタイルに調和する製品開発は昨年に続いて様々に目にすることができた。デザイナー個人の熱意に始まり、企業の勇気を知る事例としては、生クリッチ(24G050254)もある。
一方で、来年以降の応募に期待したい点もある。今回の受賞にはNursing Bottle Humidifier(24G050267)が含まれるが、母乳育児やミルクの自動調乳を支える製品など、乳幼児をかかえる家庭への積極的なデザイン提案に期待したい。あるいは超高齢社会が既に訪れているというのに抜け落ちてしまっている点もあるだろう。先入観や既存の枠にとらわれることのない適切なエポックメイキングや、異なる領域を橋渡しすることのできる柔軟な発想にも目を向けたい。
審査の過程において、私たちが言い慣れた言葉である「家電」は、現代においてどう言い換えられるのだろうか? との問いも抱いた。今回受賞したのは開発過程の勇気や英断がなされ、柔軟で活発な取り組みを内包する製品の数々であるが、ホームソリューション、ライフソリューションとも認識することもできそうだ。より幅広い視点のもと、勇気や開発過程における躍動的な活動が展開されていくことに今後も期待したい。
このユニットの審査委員
三宅 一成
デザイナー
カメラやオーディオ機器は、その形の中に綿密な機能を収め日々革新的なアップデートがなされる一方、表層のシェイプにおいては、劇的な変化が起こりにくい状況が続いているのがここ数年の傾向ではないかと思う。そのような中での審査は非常に難しいものであった。しかしながら、幾つかの素晴らしい製品の中から大きく2つの方向性がこの分野の将来の展望を見せてくれた。
ひとつは「手応えのある機械」の魅力である。録音や停止、再生の物理的ボタンと、再生時に回転するターンテーブルなどをハードウエア上に有したオーディオレコーダーは、フィードバックのあるデバイスの存在感と触れる喜びを改めて示した。
現在のデジタルデバイスは、ハードは単なる入れものとなり、ソフトに全ての機能を委任する方向での開発が進められている。たとえば、電子機器の操作画面はフラットな板状である場合がほとんどだろう。汎用性やコスト意識が求められる市場の中では必要な選択ではあるが、そこに人間は主体的に存在しているのだろうか?と疑問が浮かぶ。
あと数年もすれば、人間を取り囲む複雑で魅力的な「感触」の多くが画面をさする動作に集約されて、さらには頭で考えるだけでデバイスの操作が可能になってしまうだろう。我々は自ら触れる喜びを手放していないだろうか。単にノスタルジーでは収まらない、物理的ボタンを有するプロダクトに大いに教えられるものであった。
もうひとつは、「変わらない」哲学を伝えるものの存在である。「変わらないこと」への価値を正面から認め、必要な変化のみを歓迎するユーザーの視点と共鳴し、またその姿勢への信頼を得ている。このプロセスそのものがデザインであり、常に変化を求められるデザインの世界にあって、重要な視座となる提案であった。
今回示された2つの点は、どちらも主体的な人間のあり方がデザインに表れている。デジタルとアナログの有意、またはハードとソフトの取り合いや他との差別化ではなく、それらの選択肢は人間との心地良い関係を前提に語られていた。
このユニットの審査委員
小野 健太
デザイン研究者 / インダストリアルデザイナー
ユニット7は情報機器を扱うユニットであり、PC・スマートフォン類、周辺機器類や印刷機器などが対象となる。これら情報機器の開発は、大きな投資が必要となるため、ある程度大きな企業のインハウスデザイナー、外部のデザイン事務所のプロダクトデザイナーにより、しっかりデザインされたプロダクトがほとんどであり、レベルが高いのが特徴である。
そのため、我々のユニットの評価は、減点法で悪いところを探すよりも、加点法で、社会を良くするために、デザインとして何か新しいことをしようとする、その姿勢、その心意気を、展示品、応募書類からなんとか汲み取り、評価するよう心がけてきた。
今回、ユニット7に応募された全件の審査を終え、全体として感じたことは、これまで疑いもなく取り組んできた、多機能化、高性能化、いかに高級に見せるかに対して、その既存の流れに流されず、勇気を出して立ち止まり、本来のあり方をゼロから模索する動きが現れてきたことがあげられる。
例えば、ユニット7からベスト100に選ばれたASUSのデュアルデイスプレイノートPC「Zenbook Duo(2024)」(24G070449)、SHARPのスマートフォン「AQUOS R9」(24G070405)、日本デジタル研究所の会計業務用デスクトップパソコン「JDL WORK 14」(24G070478)、Nothing Technologyの「CMF by Nothing Product Range」(24G070401)、それ以外に、株式会社チカク + 株式会社NTTドコモのオンラインコミュケーションサービス「ちかく」(24G070536)など、デザイン対象はそれぞれ異なるが、いずれも既存の開発姿勢を疑い、目の前に存在するリアルな問題を見つめ直し、あるべき姿をゼロから真摯に模索する姿勢が共通している。
情報機器において技術開発は重要であるが、その技術を、我々の幸せ、そして我々が暮らす環境の豊かさに、どうつなげていくのか、改めてその接続方法について、立ち止まって見直す時期に来ているのだろう。
このユニットの審査委員
朝倉 重徳
インダストリアルデザイナー
産業と医療は、持続可能な社会の発展、福祉、技術革新、そして経済の基盤において重要な役割を果たす領域である。今年の応募の中から、時代を牽引する、あるいはその可能性を秘めた開発をいくつか紹介する。
半導体は、あらゆる産業の技術基盤として需要が広がり、世界的に不足している重要な電子部品。国内では生産拠点としての競争力が低下しているものの、材料や製造装置においては依然として強みを持っている。このような状況の中で、二つの製品が高く評価された。一つは、回路パターンを刻み込んだ型をハンコのように押し付けて形成するナノインプリントという新しい技術で、より高解像度なパターンを低コストで実現する。(24G080574)もう一つは、ウェーハ表面の薄膜製造において、多様な材料に対応するために六角柱のモジュール構成を採用した、完成度の高い装置。(24G080575)どちらも、産業競争力の強化に貢献できる開発として期待される。
社会課題であるエネルギー問題や温暖化問題に関連して、光、熱、電気を変換する素材に大きな可能性を感じた。一つは赤外線を熱に変える素材で、熱としての利用だけでなく、塗布することで遮熱にも使えるもの。(24G080642)もう一つは光を電気に変える素材で、透明ガラスとして使用することで利用範囲が広がるもの。(24G080643)三つ目は、放射冷却の原理を利用して大気の窓から熱を宇宙に放出する素材。(24G080641)いずれの素材も付加的なエネルギーを必要とせず、自律的にエネルギーの形を変える開発として可能性を秘めている。
医療機器分野では、液体ヘリウムを使わないMRIの開発が印象的だった。(24G080615)地球上のヘリウム資源は限られており、国内での生産がないことを考慮すると、持続可能性や資源供給リスクの軽減の観点から、この開発の重要性が一層際立つ。また、液体ヘリウムを使用せずに超低温環境を実現する高い技術力は、未来のさまざまな技術革新の基盤として、新たな産業の活性化が期待される。
これらの開発に共通する点は、課題解決や目標達成に対して、技術革新を従来の延長線上ではなく、異なるアプローチで実現していることだ。そのためには、既成概念から脱却し、発想を転換し、失敗を恐れずに未知の世界に飛び込む勇気が必要だ。それによって新たな道が切り開かれる。
このユニットの審査委員
橋田 規子
プロダクトデザイナー
ユニット9は住宅設備の審査ユニットであり、浴室キッチントイレなどの水回り、照明、空調、建材、窓やドア廻り、外構、などである。ひとつの製品として完結したものもあれば、建築建材のように家の一部材となるものも多い。住宅の価格帯によって製品も様々なレベルがある。審査では、従来品より性能、意匠性が高くなったものや、今までなかった新しい機能、素材、意匠で、優れたものを評価し、企業を応援するとともに、住宅設備の将来をより良いものにすべく、アドバイスしていきたいと考えている。
この審査ユニットでは、こうした、人が快適に住むための機能部材が多いためか、性能が優先されて外観の完成度を高めることが難しい。しかしながら、本年度の応募製品には、美しさと性能を追求した製品がいくつかあった。事例をあげると、富裕層向けのサッシである。
(24G090681)極限にまでスリムにしたエッジ材による、圧倒的な眺望性とともに、窓が閉じた際は、一列に整列しレールを隠ぺいするという、窓の究極な美しさを追求したもの。
かなりの高価格帯だが、長期メンテナンスサービスも付帯している。美しい窓は造作で作られることが多いが、グッドデザイン賞は、こうした造作でなく、ある一定の機能と外観が補償された製品のための賞であり、現在は高価格であるが、将来的には手が届くような価格帯になる可能性もあり、このような企業の勇気と努力は評価すべきであると考えている。
今年の傾向として、水の性能を高める設備も多く見られた。飲料メーカーと設備メーカ-がコラボした冷たいミネラルウォーターを供給できるもの。(24G090708)浄水器水栓が当たり前な中、この水栓は一歩先を行っている。他にもウルトラファインバブル発生装置を活用したものなども多く応募された。自然のエネルギーを活用する設備としては、ソーラーを使った、屋外照明やロールスクリーン、ウェーブ状の屋根瓦など新しい動きが見られた。また、あまり表に見えない部材ではあるが、折れ戸用ソフトクローズ搭載のヒンジ(24G090689)や、ワンタッチで留められる配管の留め具(24G090691)は、実直に研究を進める企業の姿を実感できるグッドデザインである。
このユニットの審査委員
渡辺 弘明
インダストリアルデザイナー
ユニット10は、家具・オフィス/公共 機器設備を審査する。日常の生活と関係が深い家具から、一人の生活者として生涯目にすることもないであろう、カーボンニュートラルに纏わる大掛かりな装置など、分野を異にするプロダクト群が居並ぶ。
在宅、巣ごもり、テレワーク、住環境やオフィスの在り方に多大な影響を及ぼしたコロナ後の社会も終焉、あの数年間に於いてもっとも翻弄されたのがこのユニットかもしれない。しかしながら今年の審査では、ともすると何事も無かったかのようにあの時間が切り取られ、前後を繋いだかの如く振る舞うほどの落ち着きさえ感じられた。
家具に於いては数十年どころか数世紀の時を経てもいまだに色褪せず、生産され続けているものが存在する。人間の進化に歩調を合わせるかの如くゆっくりと変化を重ねているもの、そこまでの時間の経過はないものの、今後同じような歩みを辿ることが期待できるプロダクトも見られた。
公共用機器・設備・建材などでは、卓越した機能やこれまでにない優れた技術を有するが、アピアランスという点で物足りないものに対し議論が交わされた。その中で一つの見方として、対象物の存在感、気配さえ消すことに腐心し、結果、豊かな空間作りに寄与することもグッドデザインであるという判断がなされた。何気ないが心地よい空間の背景にはこういったものが潜んでいることを改めて思い知らされた。
それら多様なプロダクト群の審査基準を一元化することは容易ではなく、分野ごとの相応の判断が求められる。肝要なのは、普遍的とは言わないまでも、今後永く愛され続けられるか否かを、肌感覚だけに頼ることなく本質的価値を見極めることである。
総じて、このユニットでの審査は、人とモノと空間、さらに時間との関係性を考察し、より多元的にプロダクトを評価する場であると感じた。さらなる未来をどう描くかというテーマに於いてデザインの力は不可欠であるが、その可能性を感じられるプロダクトが多数見られ、溜飲の下がる思いがした。
このユニットの審査委員
根津 孝太
クリエイティブコミュニケーター
電気自動車の存在価値に対して、様々な角度からの議論が交わされている昨今の状況にあっても、自動車、バイク、自転車を問わず、また、海外からの応募も含めて、電気を動力源として活用する陸上モビリティの提案が数多くみられ、電気自動車専用のタイヤや、充電設備などの周辺製品も加わって、市場としての成熟度を増している印象を受けた。また、他業界からの参入や、新興企業、中小企業の躍進も随所に見られ、自動運転も見据えたプラットフォーム型の車両も提案されるなど、モビリティ業界の新しい広がりを感じさせた。
国内では、トラックドライバーの時間外労働時間に上限が設けられたことによる労働力不足という「物流の2024年問題」に直面しているが、これを受けて、物流システム、倉庫システム、無人搬送車などの提案も活況であった。変わりづらい、変えづらい業界構造に対して、勇気をもって新しい提案をし、周辺と有機的につながって事態を解決しようとするスタンスが多く見られたことは、今年のグッドデザイン賞のテーマにも合致した動きと言えよう。単独の車両輸送で解決するのではなく、効率のよい中継で物流をつなごうとするシステムや、倉庫と無人搬送車を一体的に連携させることで省力化を図る取り組みなど、説得力のある提案が多くなされた印象である。
鉄道や船舶の提案では、海外からの旅行者増加の影響もあってか、旅の新しい価値を提供しようとする動きが多く見られ、沿線地域と連携し、車両や駅施設にとどまらない提案を志した鉄道や、プロジェクト初期から住民を巻き込んで開発を進めた観光船など、周辺地域と一体となった取り組みで新たな価値を創造しようとする動きも、引き続き活発であると感じさせた。
モビリティは、着想・企画から、製品やサービスの社会実装までに、比較的長い時間を要する分野であるが、コロナ禍で再考を余儀なくされた人流・物流の在り方について真剣に考え、次の姿を模索し取り組んできた努力の成果が、モビリティの新しい価値として、着実に実を結び始めていることを感じさせる年であったと思う。
このユニットの審査委員
手塚 由比
建築家
ユニット12は住宅や小規模集合住宅のユニットである。ハウスメーカーの住宅、工務店が設計施工した住宅、設計事務所が設計した住宅、また小規模集合住宅として、賃貸住宅、高齢者住宅、年々応募が増えている海外の住宅、そして住宅建材、と応募は多岐にわたる。応募作品が、それぞれの分野で暮らしや社会を良くするための提案ができているかどうかを審査した。
ベスト100に選ばれたはちくりハウス(24G120995)は、障がいのある娘さんを持つお母さんが建てた障がい者の為のシェアハウスである。娘さんが仲間と共に地域で暮らせるように、地域の人達が参加できるシェアカフェが1階にあって、ここを中心に街の人々の繋がりが生まれそうな魅力的な場所になっている。何の制度も使わず一人の母親の勇気によって実現された素晴らしいプロジェクトである。こういった活動が世の中に広がっていくことで、障がいのある方々が自然に街の中で暮らせる世の中になっていくといいと思う。
鶴岡邸(24G120969)は、人と自然と鳥や虫との共生を目論んだプロジェクトである。土や緑が建築の一部になることで、水の循環、生物の循環が建築の周りに生まれ、自然と一体となった暮らし方ができるように考えられている。水道を形づくる土のヴォールトがデザイン的にも魅力的だ。鎌倉アパートメント(24G120982)は、歴史ある鎌倉の地で鎌倉に因んだ材料である銅製の網戸が、賃貸住宅らしからぬ経年変化を見せてくれている。網戸に囲まれた半外部空間が、住む人の生活を豊かにしてくれている。森山ビレッジ(24G120997)は、地域の木を使って地域の人と一緒に新しい村落を作っているプロジェクトである。実際の村民でなくてもデジタル村民として地域と関わっていけるような新しい関わり方も提示してくれている。REDO JIMBOCHO(24G120996)は、旧耐震の建築を新しい街づくりに繋げる方法を提示してくれている。ベスト100に残った作品はいずれも地域社会をより良くするために建築として何ができるかを提示してくれているものとなっている。
このユニットの審査委員
栃澤 麻利
建築家
ユニット13中〜大規模集合住宅では、今年の審査テーマである「勇気と有機のあるデザイン」に基づき、審査の視点に「新たな価値創造への挑戦」と「地域への配慮、貢献(特に敷地内にとどまらず広く地域コミュニティに寄与する建築であること)」を加えて審査に臨んだ。大規模だからこそ、変えること、挑戦することの難しさがある中で、勇気を持って新しいアプローチを試みたもの、有機的な広がりを地域にもたらすものを積極的に評価した。
その中で特に注目したものが、「まちのはなれ(24G131093)」と「天神町place/ (24G131092)」である。いずれもコミュニティのための共用空間を設けることなく、住民同士が緩やかにつながる集合住宅を実現している。「まちのはなれ」は住戸ユニットを極限まで小さくし、接地性を高めることで、住宅と街が一体化していくようなつながりを生み出している。「天神町place」は各室を数珠繋ぎにした細長い住戸が円形の中庭を囲む形式で、高層住宅でありながら住民同士が中庭を介してお互いの暮らしを垣間見ることができる新しい関係性を構築している。どちらも人同士、空間同士の距離感が現代的で心地よく、新しいコミュニティの有り様が示されている。
さらに、自分らしい暮らしを「試す」ための住宅(THE CAMPUS FLATS TOGOSHI /24G131084)や、土地の記憶の継承に挑戦したもの(チドリテラス/ 24G131030、黒鶴稲荷神社+アズハイム大田中央/ 24G131070)、住民自らが緑の保全に取り組むための仕組みづくり(GREEN AGENDA for BRANZ/ 24G131091)など、新しい価値観を示唆する様々な試みが見られた。これらの試みが単なるアイディアに留まらず、持続的な暮らしの豊かさにつながるよう、住まい手に寄り添い、長期的にサポートしていくことも必要だろう。
集合住宅にもまだ新しい挑戦の余地があることを示すものが様々な試みとして出てきたことは、次の時代に向けた大きな前進であると思う。これら一つ一つは個別事例だが、グッドデザイン賞を通して多くの事業者や設計者と共有し、暮らしの豊かさやその価値観について改めて考えるきっかけとなることを期待したい。
このユニットの審査委員
成瀬 友梨
建築家
去年参加した審査委員からは、去年よりも応募作のレベルが平均的に高いという意見があった。これは想像に過ぎないが、コロナにより2019年頃は中止になるプロジェクトも多く、また新しいプロジェクトを始めるにはハードルも高い時期だった中で、強い意思を持って進めたものが竣工してきたことにより、質の高い作品が集まったのではないだろうか。
ユニット内で選ばれたものは、デザインが際立って優れているもの・独創的なものと、デザイン的な強さはそこまでなくとも、他に真似されて広まってほしいものの大きく二つに分けられた。前者は建築の専門の賞でも評価されるが、後者はグッドデザイン賞ならではの評価基準とも言える。もちろん両方揃っているものは高い評価を得ている。
審査する中で、いくつか見られた傾向を紹介したい。
オフィス、働く場:コロナ禍を経て、社員同士のコミュニケーション促進、テラスや自然換気が、テナントオフィスでも重視されている。特に地方で人手不足の問題が大きくなっており、オフィス環境を魅力的にすることで、働く人の満足度をあげ、さらには地域にオフィスを開いて、地域とのつながりを作る取り組みが複数見られた。
宿泊施設:コロナ下では大きな投資ができない中、昨年までは既存施設に手を入れたグランピング施設が多かったが、今年は投資もデザインも力を入れたプロジェクトの応募が多かった。
リノベーション:日本の街はスクラップアンドビルドで作られてきたが、既存の街を肯定し、適切に手を入れ、次の時代に繋いでいく取り組みが多く見られ、好感を持った。文化財等の歴史的に価値のある建物を丁寧に調査・改修し利活用する事例はもちろんのこと、何の変哲もない建物に、鮮やかな一手を加えることで、すごくいい場所に変えているものが複数あった。
木造建築:これまでは、認定工法による高層木造、大断面やCLTを使った大規模木造など、木を使うことは実現できているが、コストが高く一般に広まるのはハードルが高い工法が多かった。今年は、住宅用の流通材を使い、在来工法で都市の木造化や中規模木造が実現しており、コストも抑えられて汎用性があるところが評価された。
今年も熱量の高い作品を多く応募いただいた全ての応募者の皆様に敬意と感謝を表したい。未来を明るく変えていく力のあるデザインが、今後も多く集まることを期待している。
このユニットの審査委員
山﨑 健太郎
建築家
ユニット15は、公共建築、土木、景観分野の幅広い領域の審査を行った。審査では、ほぼ全ての対象作品について全員で限られた時間の中ではあるが丁寧に審議を行い、応募作品にこめられたデザインからいくつか大事な気づきを得ることができた。私自身はこのユニットは3年目となるのだが、昨年には「意思のある参加」という言葉がとても心に残っているのだが、今年はさらに発展した気分があって「場を生み出す力、使う力」という言葉が頭に浮かんだ。
いくつか具体的にお伝えする。大阪茨木のおにクル(24G151286)は、市民を利用者として扱わず当事者にすべく、相当数のワークショップを通じて、場の使い方を禁止ではなく、どこまで許されるかを共有しているのが特徴的だった。深川えんみち(24G151229)は、デイサービスを中心にした多世代共生の場であるが、街に向けて明るく開けた1階部分に私設図書館を設置し、高齢者の見守りと入りやすさを実現させている。池袋のLIVNG LOOP (24G151250)や前橋の馬場川(24G151259)は、公共空間に対して、行政は道や河川に対する制度をゆるくし、民間の介入を促し、公共空間を生活の場に取り戻すことに成功している。審査委員たちが特に驚いたのは、中国四川省のCACP(24G151253)であった。資本投下された開発の失敗によるコミュニティーの衰退を取り戻すべく、都市の小さな隙間として残された駐輪場を、企業でも行政でもない第三者的な団体Team CACPが自力建設を行ったプロジェクトである。
分野やスケールの違いはあるものの、これらから共通して見えてくるものは、従来のマスタープランというものの不在であった。主体者の柔らかいビジョンに対して緩い制度として行政側も応答しているのも特徴のひとつと言える。もっと簡単に言えば、小さく始める、やれることをやってみるというような個人の「衝動」といってもよい感情をはっきりと感じ取れるのだ。しかし、そのチャレンジの繰り返しの先に公共空間にまでスケールし、そこからいわゆる社会課題の解決に至っている事実は、公共空間のあり方としては、このユニットにとって希望といえるのではないか。最後に付け加えたいのだが、このことは、調停者でもあるデザイナーや建築家の作業量やかかる時間を膨大なものにしていることも同時にあるだろう。議論の中では、彼ら彼女らのプロジェクトに対するattitude(姿勢)という言葉が大変印象に残った。
このユニットの審査委員
野崎 亙
プロジェクトディレクター
ユニット16はその対象範囲が多岐にわたる。TV番組やウェブサイト、展示会やパッケージ、あるいはそれらを包含するブランディングにいたるまで、生活者接点としての媒体全てと捉えることができる。だからこそ、時代と共に移ろう生活者接点としてのメディアの変遷と、その役割を色濃く反映することとなる。
今回の審査においては、そのようなメディアが”端境期”にいたっているように感じた。
例えば、Webサイトデザインにおいて、これまでブランドの差別化や期待値醸成、あるいは顧客とのインタラクションなど様々な可能性を追求されてきたが、デジタル庁デザインシステム(24G161345)のように、アクセシビリティを中心とした利便性向上と標準化を目指す過程は、過去数十年にわたって試行と思考が繰り返されてきたサイトデザインにおける一つの帰着点と言えるであろう。
かたや、レガシーのあるメディアでありながらも、これまでの役割から一歩踏み込んだ試みを成しているものもあった。
プラグマガジン(24G161347)は、近年苦境にたたされている雑誌メディア、とりわけ地方誌であるにもかかわらず、実質的に様々なクラスター間のコミュニケーションを創発する重要なハブ的役割を果たしている。またブランドパーパス名刺 (24G161315)では、そのプロジェクト全般を通して、企業のパーパス浸透に向けた活動を具有しており、ともすればオンライン上のそれにとって代わりうるものではあるが、物質性があるが故の有用性を巧みに利用していた。
上記もその一つであるが、市場に向けたアプローチに留まらず、近年の課題でもある組織コミットメントを高めることを意図した活動も多く見られた。これは企業活動において、もはや事業上の成功に留まらず、社会的活動も含めたホリスティックな観点での存在意義を問いただすことが、その持続可能性にとって不可欠であることを指し示している。
いずれにせよ、もはやアピアランスや心象醸成としての即物的なデザイン活動よりも、過去数十年の連綿とした企業・事業活動の蓄積と、それらを踏まえた上で、たった数秒で伝達・交信するデザインは本ユニットにおける醍醐味であり、未来の数十年を創り出す橋頭堡となりえるものであると確信する。
このユニットの審査委員
長田 英知
ストラテジスト
ユニット17では例年、私たちの暮らしや仕事での困りごとをシステム・サービスの活用により解決する取組が数多く応募される。今年はこの傾向に加え、より社会基盤に近い領域での「情報へのアクセス」をデザインすることで、社会課題の解決や新たな価値の創出を実現する取組に優れたものが多かったことが特徴的であった。
この観点でまず挙げたいのが、私たちの持続可能な暮らしを支える自然資本・社会資本に関わる情報への新たなアクセスである。YAMAP流域地図(24G171381)は、自分が住む地域を流域単位で視覚的に捉えることを可能にすることで、治水に対する新たな考え方を提示している。また小田急電鉄がその沿線地域を超えてサービスを提供するWOOMS(24G171440)は、これまで情報化が進んでいなかったごみ収集のリアルタイム管理と最適化を実現している。
自治体や企業の内部で閉じられてきた社会インフラを支えるシステムに、外部からの限定的なアクセスをデザインすることで新しい価値を創出しようとする試みも印象的であった。SonicWeb-DX(24G171435)は、自治体のクローズドなシステムに市民からの情報を自動連携させることで効率的な地域インフラ管理を実現、シビックテックの好事例となっている。またSTAR SPHERE(24G171377)は、人工衛星による宇宙からの写真撮影の機会を一般人に開放することで、新たな体験価値を生み出した。
インターネット上の情報量が膨大となり、SNS依存やフェイクニュースなどの問題が顕在化する中、個人の情報へのアクセスのあり方を問うデザインも見られた。中国新聞のニュースアプリであるみみみ(24G171359)は、ニュースを見ない若い世代をターゲットに、普段は短時間で効率的な情報を得つつ、必要に応じて信頼性の高い情報を掘り下げることを可能にする優れたサービスデザインを実現している。またone sec(24G171441)は、ユーザーがSNSやアプリにアクセスする際の「適度な摩擦」をデザインすることで、過度の利用を防ぎ、メンタルヘルスを維持する効果的な仕組みを提供している。
私たちの暮らしのあらゆる側面が情報化され、相互接続される中、人と情報の関わり方の本質に問いを投げかけ、社会のルールや規範、さらには私たちの価値観のアップデートをも促そうとする思いから生まれるデザインが、今後の一つの潮流になることを感じさせた今年の審査であった。
このユニットの審査委員
山出 淳也
アーティスト
ユニット18が対象とする「地域の取り組み・活動」は、いずれも当事者意識が高く、目の前に立ちはだかる課題と真剣に向き合う姿勢に、毎年心が揺り動かされる。
今年は「勇気と有機のあるデザイン」をテーマに審査を行った。勇気を持って一歩を踏み出し、柔軟で多様な関係を生み出すデザインが、このユニットから数多く見られた。このテーマを踏まえ2つの観点から今年の特筆すべき方向性についてまとめたい。
1) 課題と向き合うための持続力
今年の応募対象の中には、5年、10年と長年にわたって継続的に取り組み、様々な成果を挙げてきた段階で応募されたプロジェクトが目を引いた。
このユニットでは、喫緊の課題に対して迅速に行動を起こす取り組みも評価する。しかし、地域の複雑な課題を解決するための「便利な魔法」は存在せず、時間がかかることが多いのが現実だ。そのためには中心人物の情熱やビジョンが、多くの人々を動かす原動力となることは間違いない。しかし、その活動を持続させるためには、経済的な仕組みやデザインが必要不可欠だ。この点においても、慎重に審査を行ってきた。
また、過去に惜しくも受賞を逃したプロジェクトが再度応募し、見事に評価を得た例もあった。我々審査委員は、過去との連続性を大切にしながら全ての作品を審査しているため、このような再応募は非常に嬉しい。
2) 多様な関係性を生む取り組み
審査の過程で、素晴らしい取り組みでありながら、もう少し成果が見え始めてから再度応募するべきではないかと議論になったプロジェクトも少なからずあった。
成果とは、必ずしも当初の目的に留まらず、派生的なものも含まれる。特に、一つのプロジェクトが多様な人々や異なる活動を巻き込みながら、連鎖的かつ螺旋的に成長していく取り組みへの評価は非常に高い。このような地域の課題を解決するための関係性、つまり生態系を生み出していく取り組みを今後はさらに期待したい。
また、失われつつある文化の継承に向けた取り組みなど、将来に備えた課題設定型のプロジェクトも目を引いた。その中でも注目すべき動きとして、学生がチャレンジする機会を地域全体が応援していくような取り組みが挙げられる。大人が課題を提示し、子どもがそれに応え、大人が正解を示すというかつての構図に対し、今年見られた幾つかの取り組みでは、答えがない、もしくは課題すら用意されていないケースもあった。想定していなかったパンデミックを経験した今、これは非常に望ましいデザインではないだろうか。
誰かの一歩が思いもよらない形で他者に影響を与え、別の誰かの幸せを生み出していく。グッドデザイン賞が存在する理由はここにあるのだと今年も強く感じた。
このユニットの審査委員
田中 みゆき
キュレーター/プロデューサー
ユニット19の「一般向けの取り組み・活動のデザイン」というテーマは、年々他のユニットに染み出しているような印象を受ける。つまり、製品やサービス、あるいは建築が、取り組みや活動と一体となって成立している例が、各ユニットに見られるようになってきたのである。それは喜ばしい一方で、応募者の方々を悩ませているのかもしれず、本賞の構造において何らかの整理が必要となってきていると感じる。そういった全体の状況はあるが、まずは今年の審査の過程で目に留まった特筆すべき傾向を3点挙げたい。
一つ目は、これまでの社会構造や支援体制では取りこぼされてきた人たちに焦点が当たったプロジェクトである。たとえば、重度心身障害児や医療的ケア児に「遊び」を提供する「RESILIENCE PLAYGROUND プロジェクト」(24G191506)や、予期せず経営を引き継ぐことになった女性経営者を支援する「女性社長のココトモひろば・経営者の妻のための情報サイトつぐのわ・事業承継ステーション」(24G191525)といったものが挙げられる。特化した対象を扱っているため事業化するには勇気が必要であったことが想像されるが、それを有機的に変えることができたプロジェクトと言える。
二つ目は、領域の垣根を超え、つなぎ直すような活動である。介護と公共交通、地域資源をつなぎながら高齢者の活動を促す「Goトレ」(24G191508)といった高齢者福祉における取り組みや、車づくりにおける「捨てるところがないモノづくり」と「仲間づくりのプロセス」を合わせた取り組み「Geological Design」(24G191505)など、さまざまな領域において自分たちで完結せず、他者の力を借りながらともに社会課題に取り組む事例が見られた。
三つ目は、居場所づくりである。自殺対策の一環としてつくられたメタバース「かくれてしまえばいいのです~生きるのがしんどい あなたのための Web空間~」(24G191530)や、さまざまな世代が放課後を楽しむ「こどもおとな基地 イロトリドリ」(24G191522)などが挙げられる。他にも、従来の教育制度や社会制度にできた隙間を掬い上げるようなセーフティネットとして、さまざまな居場所のあり方が模索されていることが感じられた。
その他、ケアする人のケアを扱ったプロジェクトが増加しているなど、社会課題が複合化・重層化するにつれて、扱っている問題や対象、背後にある関係性も複雑で繊細なものとなっていることが、今年は特に印象に残った。そういった意味で、資料を読み込む立場にとっても覚悟のいるユニットであると同時に、応募者にも目に見えない過程や関係性を丁寧に説明して頂くことがますます重要になってきていると感じる。