審査ユニット総評
本年度のグッドデザイン賞の審査も、応募対象を領域別にグループ分けした「審査ユニット」ごとに行われました。ここでは「審査ユニット総評」として審査を通じて見られた領域特有の傾向や課題をまとめています。
ユニット01身につけるものユニット02パーソナルケア用品ユニット03文具・ホビーユニット04生活用品ユニット05生活家電ユニット06映像/音響機器ユニット07情報機器ユニット08産業/医療 機器設備ユニット09住宅設備ユニット10家具・オフィス/公共 機器設備ユニット11モビリティユニット12建築(戸建て住宅〜小規模集合・共同住宅)ユニット13建築(中〜大規模集合・共同住宅)ユニット14建築(産業/商業施設)ユニット15建築(公共施設)・土木・景観ユニット16メディア・コンテンツユニット17システム・サービスユニット18地域の取り組み・活動ユニット19一般向けの取り組み・活動
廣川 玉枝
クリエイティブディレクター/ デザイナー
グッドデザイン賞の場合、社会に対してインパクトを与えるソーシャルグッドデザインが必要 であり、人々に対して、あるいは環境や社会に対してオリジナリティを持った豊かさを提示する ものでなければならない。それに加え「身につけるもの」用品には、デザインの中で最も身体性 と融合する「機能」が必要であり、更には人間が身につける最も身近なプロダクトであることから、人の感情に寄与する「情緒」が重要になるジャンルである。それゆえ、合理的に機能が保持されているだけでは人間の感情に響かず持続可能なデザインには至らないし、情緒だけが突出しすぎていても良いデザインが成立することはない。
デザインとは、素材の組み合わせや縫製、パーツ、色や形状など些細なものの集積体であり、その細やかな細部のデザインにどれだけ配慮できているかが、ものの「完成度」に現れる。人の想いが手指を動かし、形になって現れるのだから、デザインの完成度とは人の想いの表れと言える「機能」と「情緒」がバランス良くデザインに生きていて、尚且つ製品の「完成度」が高く、作り手の想いが伝わる製品が良いデザインである。良いデザインには、人間の感情をポジティブに導く力が必ず備わっているので、その理が姿形に現れているものを直感的に人は美しいと感じるのだ。
時代が変われば、人の心や暮らし方も変化してくる。そうなれば、時代に合わせてプロダクトも進化し続けるべきだろう。身の回りの製品を見つめ直し、わずかなアイデアを加えるだけでも今までにないデザインになる可能性があるし、また情報の集積である自社で開発してきた技術や製品のアーカイブを時代に合わせてアップデートすることで、新しいデザインが誕生する余地が大いにあると感じた。⻑年培ってきた独自の技術を持って独創的な製品を生み出し、常日頃刷新し続けてきた結果、今日に至る製品には確固たる強さがある。人に愛されるデザインというのは、人から人へと受け継がれることで更なる未来へと繋がり、時代を超えて生き続ける持続可能なものづくりへと発展するのだ。
このユニットの審査委員
村田 智明
プロダクトデザイナー/デザインプロデューサー
パーソナルケア用品のユニットとして、ウェルネス用品、衛生用品、美容機器、育児用品、家庭用の福祉・介護用品が審査対象となっている。先ず、高齢化社会が抱える介護問題に対して、介護する側の負担を軽減し、介護者のハードルを下げる提案が多く、車椅子を押す人、爪を切ってあげる人、介護洗髪をする人、口腔洗浄をする人などへの新しい提案があった。
また自立支援を行うことで間接的に介護する側の負担を軽減し、同時に自分でできる事で自尊心を高めていく精神的にも有効な提案が多かった。靴下履きの支援や、スーパーのかご置きのある歩行機、筋力が測れることでより密度の高い健康管理を行う仕組みなど、すべて自立支援へのベクトルだと言える。ただ、課題としてはいかにも介護用品らしいデザインが多く、健常者でも使いたくなるCMFデザインによって、ビジュアル面でも自尊心をカバーして欲しいと感じた。育児用品についても同様な傾向が見られた。具体的には産後の育児うつ、不眠症などの精神疾患に対して、AIによる赤ちゃんの見守り代行などで親の負担軽減を図るシステムが育児世帯に広がりつつあるようだ。
もう一つの傾向として、成熟商品の進化が見られた。ドライヤーのカテゴリーでは、成熟化が進んで技術・デザイン的な進化が膠着していた時期があったが、ダイソン以降堰が切られたように今回は技術・デザイン的な挑戦が相次ぐ状況となった。このようなケースは、シェーバーや絆創膏のジャンルでも見られ、根本的に内在するバグを成熟し通念となっていた常識から覆す取り組みが目立った。
ユニット2で最も審査が難しかったものは、効果が分からないモノや個人の嗜好性によるモノだった。具体的には美容機器、ヘアケア用品、サプリなどで、ビジュアルのデザインだけでなく実際の使用後の効果はどうか、また個人の感性によってさまざまな評価に分かれるものをどう評価するのかについて難しい選択を迫られた。
このユニットの審査委員
橋倉 誠
プロダクトデザイナー
ユニット03の審査の対象は、文具やホビーに関わる製品であり、事務用品、教育、玩具、スポーツ、アウトドア、ペット、園芸、楽器など、その領域は多岐にわたる。コロナ禍には、ワークスタイルの変化や自然への回帰など、デザインのアプローチにも大きく影響が現れたユニットだが、落ち着きを取り戻した新しい社会で、新たなスタンダードがどう立ち上がり、どのような役割を担えるのか、注目しながら審査を行った。
成熟期を迎えた文具については、各社、使用環境の丁寧な観察やユーザーへのヒヤリングを行い、新しいデザインの糸口を見出そうとする開発プロセスが印象に残った。DX化が加速し、教育ツールなどが進化する一方で、旧態依然とした学校現場などの状況に目を向けて、環境側の改善にも積極的にアプローチしようとする試みも見られた。コクヨのダブルクリップ(23G030120)のように、古くからある定番の文具にもまだまだデザインの可能性が残されていることにも驚かされた。日常の観察から敏感にセンシングされる日本人らしい気づきの体 系が、この分野のグローバルに誇れるデザインの価値を築いている。
子供達や学生を対象としたデザインも印象的であった。学生向けのスポーツ用品では、科学的なアプローチと道具の進化から、これまでの古い慣習や概念をアップデートしていくような兆しも見られた。また、文具やホビーのデザインが、体験を通して得られる「身体的な学び」として機能する可能性を秘めていることも、審査を通じて感じることができた。鉛筆を削るたびに感じるヒノキの香りの記憶(ふくしま 木守の色えんぴつ(23G030113))や、動物の糞を燃料として火を起こした体験(ANIMAL LIGHTER / うんちの着火剤(23G030142))などは、自然と人間を地続きに捉える意識の醸成にも繋がるだろう。プロフェッショナルな使用環境での機能の追求やインクルーシブな開発プロセスによる、新たな感覚や心地に気づかされるデザインも多く見られた。
成熟社会を迎えて、レジャーやホビーのあり方にも、利便性の追求とは別軸の価値が求められる。バーチャルなデジタル世界が日常の一部に侵食しつつある現在、人間本来の身体感覚のバランスを取り戻しながら、リアルな世界と紐づく瑞々しい体験の機会をどう生み出すことができるかが、このユニットのデザインに期待できる社会的な役割の一つと言えるかもしれない。
このユニットの審査委員
柳沼 周子
バイヤー
ユニット04「生活用品」について、どこまでを対象としているのか問われると、私は「箸から仏壇まで、家にある日用品全般」と答えている。キッチン用品、清掃用品、寝具、そして防災や仏具用品と、多くの人々の日常を支える製品が集まるユニットだ。各ユニットの審査対象が一堂に会する場において、社会的な取り組みや医療/産業分野の機器らと並ぶと、「生活用品」の品々は時にささやかなものに思えるかもしれない。しかし、多くの人々の衣食住を支え、快適で豊かな時間を創出する暮らしの相棒たちである。一つの製品が関わる人の数と役に立つ時間の長さを思うと、「生活用品」のユニットに携われることを大変誇らしく思っている。BEST100へと選出された製品群を中心に、本年は気骨あるつくり手の果敢な挑戦と、それによるイノベーションに高い評価が集まった。生活用品のほとんどは成熟カテゴリーだ。つくり手に加え、売り手やユーザーまでも積極的にモノづくりをする時代にあって、ほとんどの「不」は既に解消されたように思えないだろうか。しかし、解決が難しいものとして諦めていた行為や無意識のストレスがあったことを、その解決をもって私たちに教えてくれる。そんな驚きと感動のある審査会だった。濡れた傘を手でたたむ、という行為をなくすことに成功したマーナの傘「Shupatto アンブレラ」(23G040209)や、少ない力で指先の延長のように操作できる一菱金属の「おてがるトング」(23G040178)は、いずれも生活用品のイノベーションの良き手本といえるだろう。相当の時間と試行錯誤を重ねた先に辿り着いた製品は、利用シーンにおける「不」を明快に解消し、快適でスムーズな動作へと導く。もう一例、先ほどのイノベーションとは異なるアプローチで印象的だったのは、堀田カーペットの「Hand Woven Court」(23G040219)である。「日本の手織りラグを世界へ」との心意気で、素材開発に始まり、実に7年に及ぶ年月を経て完成した、つづれ織りの製品だ。美術工芸品ではなく、生活用品としての開発を目指し、手織りならではの豊かな表情に加え、納期やメンテナンス性等の点においても、生活者の手に渡るまでの複数のハードルを取り払う配慮に溢れていた。こうした果敢なものづくりの姿勢と、製品の周辺までを含めた完成度の高いデザインは、ユーザーへはもちろんのこと、ものづくりに携わる多くの人々に強いインスピレ―ションと勇気をもたらすに違いない。
改めて振り返ると、高い評価を集めた製品には「使命感のあるデザイン」という共通項を見出すことができる。広く深い視野をもって暮らしと道具の関係を考察し、自らがつくる意義と必然性を踏まえたものづくりのあり様に、清々しい感動を覚えた審査であった。
このユニットの審査委員
玉井 美由紀
CMFデザイナー
ユニット05は誰もが必ず持っている生活家電や調理家電を対象としている。家電が一般家庭に普及してから50~60年にもなるが、その間に家電は人々の家事労働をサポートし、ユーザーがその時間を仕事や余暇に充てることで、生活を豊かに、楽にしてくれた。家電は家族の豊かさや幸せの象徴であり、自慢だった。家電は人々の生活を変える道具として、より高性能に、より使いやすく進化してきたが、それは今、大きく変化するユーザーの生活や価値観に対して異なる方向へ進む必要が出てきたように感じる。今回ユニット05で見られたのは機能や性能のいわゆるスペックとしての進化ではなく、現在の生活スタイルに合わせた「最適さ」「豊かさ」「楽しさ」のために技術を活用した新しい進化であった。
例えば高性能な商品は操作が難しく、誰でも使いこなせるわけではないが、それを直観的に楽しく、多くの人が使えるように「敷居を下げる」ことで新たな市場を創出しているのが、小型刺繍機Skitch PP1(23G050236)である。Skitchは限られたセミプロユーザーが使う高性能な刺繍ミシンの市場で、絵を描くように「誰でも簡単に刺繍ができる」という方向に技術のフォーカルポイントを変えている。それにより刺繍をしたことがない初心者ユーザーの、興味はあるが難しそう、高そうというハードルを下げ、気軽にその楽しさを体験できる製品になっていた。それを実現する為にユーザーの声を聴き、今の時代に合わせた新たな進化のため、今までとは異なる価値をベースとした開発を行ったことがうかがえる。
また、LiFERE小型IH炊飯器(23G050250)、パーソナル食洗器SOLOTA(23G050262)のように年々増加する単身世帯をターゲットとしながらも、高性能や高級感とは異なるが、最適な機能を備え、ユーザーのライフスタイルに調和する提案も目を引いた。
Mijia Flame Simulation Electric Heater(23G050264)は最小限の機能を持つファンヒーターであるが、スチームに投影する炎のイメージで暖かさを強調している。炎のイメージは暖かさだけでなく、安らぎや癒しなど様々な視覚効果をもたらす。物理的な機能だけではなく、感性的な機能も活用した好例であろう。
改めて審査を終え、私たちは問い直したい。今まで「進化」というものを思い込みで決めていなかったか?私たちは今まで「豊かさ」というものを思い込みで決めていなかったか?変化する価値に対して新たな進化の軸は一つではない。ユニット05で見られたアウトカムのあるデザインとは、変わりゆく時代に対して、真摯に向き合い、全精力を投じて新たな価値の創出を行った受賞作であったと思う。
このユニットの審査委員
片岡 哲
プロダクトデザイナー
グッドデザイン賞の評価基準は時代とともに変遷してきた。現在では有形無形に関わらず、理想や目的を果たすために築いたものごとすべてをデザインとして定義し、人、社会、未来を豊かにするものをグッドとして選出している。しかし近年、ものごとの評価に加え、その上流にある理想や目的そのものへの評価のウエイトがかなり高くなってきていると感じつつあり、もはやデザイン賞の範疇を超えているのではないかと危惧する場面すらある。
そんな中、映像/音響機器を審査するユニット6には成熟度の高いカテゴリーが多く、高い技術や機能を持ち合わせた、プロダクトとしての完成度や美しさをきちんと見ていかなければならないユニットでもある。今年はその点において、かなりものの完成度、美しさ、魅力というところを重視して審査が行われた年になったと言える。結果、高評価を得たものの中には、社会や未来に大きな変化を生み出すものではないかもしれないが、審査委員全員が異口同音に「いいね!」と発するような、ものとしての魅力に溢れ、感動すら与える対象をいくつも見出す事が出来た。そしてそこには確かにデザイナー達の意図や情熱、プロとしての“腕前”があった。
生成AIが一気に進化し、一般的に使用されるようになった今日、目的の文章や画像、映像をAIがデザインする事はさほど難しい事ではなくなりつつある。近い将来、AIが人の理想や目的を理解し、それに基づいてデザインを提案する事もあり得るであろう。では人がデザインする事の価値とは何なのか。今年の審査を通じて再認識したことは、人は誰かの意図や情熱、腕前を感じ、感動し、そしてそこからまた何かを生み出そうとする。人がデザインする事の真の価値とはそういう事かもしれない。
今後も技術の進化や社会の変化に対応しつつ、グッドデザイン賞の評価基準や審査の方法も見直していく必要があるだろう。しかし人が人の為に成すグッドなデザインには必ず感動があり、時代が変わってもその感動を評価できる賞であり続けたい。
このユニットの審査委員
宮沢 哲
デザインディレクター/プロダクトデザイナー
ユニット07はPC・スマートフォン類、周辺機器類や印刷機器などが対象となる。ここでの審査は「人を見つめる、思う」姿勢が、テクノロジーや環境とどう折り合いをつけながら、その先にある美しい未来へと繋がるのかが問われている。去年同様、単に目新しさや利便性のみの追求ではなく誠実な環境課題への取り組みに加え、今年は特に人の感性に応えようとするものや、多視点に立ちながら包摂的(インクルーシブ)な社会実現を宣言した企業も複数見られ、デザインが正しく機能する事で我々が向かうべき社会の方向性を力強く指し示したと言ってもいい。以下3つの視点で次代のテーマを探りたい。
「創造を引き出すテクノロジー」
誰もが創造する楽しさや感動を分かち合える世界実現のために生まれた視力に依存しないカメラ(DSC-HX99 RNV kit 23G070508)や、従来困難だったオンライン同士での音楽セッションを違和感なく可能にする機材(Zoom S6 SessionTrak 23G070511)など、人間の感性のために生まれたテクノロジーがまだ仮に完成途中であったとしても、これから豊かな世界が広がる可能性を強く予感させた。
「終わらせない、問い続ける」
現状を受け入れ、問うことをやめてしまう事は往々にして起こる。しかしさらなる安全性実現を目指し開発したモバイルバッテリー(リン酸鉄リチウムイオンバッテリー 23G070414)や、トナーのみ供給可能とした事で大幅なゴミ削減を達成したレーザー印刷機(HP LaserJet Tank Series Printers 23G070519)。またバッテリーがある当たり前を無くしてしまった革新的システム(AirPlug™ 23G070510)など、終わらせずに問い続けた姿勢がここにはある。
「インクルーシブとデザイン」
自由度の高い電子機器だからこそ「誰にでも」という包摂的視点はもはや必須であると考えたい。(Access コントローラー 23G070507)ゲームを遊べない人を黙認する事なく、誰もが遊べるコントローラーを目指す開発途中で「格好良いものが欲しい」という小さきユーザーの声に耳を傾けたデザイナーから学ぶ事があるのではないか。
多くの審査委員の評価を集めた製品やサービスはいずれも、背景にある意思によってその先にある実現したい世界が明確なものや人間の感性に寄り添い丁寧にデザインされたものたちである。もはや循環型社会の実現に向けた取り組みは当たり前となり、それらを磨き上げるフェーズに入っている。依然、世界は紛争も絶えず漠然とした不安感で覆われているが、だからこそ、お互いの個性と感性が尊重される世界を具体にする役割がデザインに求められている。これからも人や時代を観察し本質を問い続け、我々が向かうべき方向を示す意思あるプロダクトに期待したい。
このユニットの審査委員
重野 貴
プロダクトデザイナー
ユニット8は、医療機器や産業機器といった専門性の高い機器と設備が審査対象である。
昨年の審査では、新型コロナがもたらした災禍に対して、テクノロジーを駆使して立ち向かう提案に人々の気迫を感じた。それに対して今年は、ますます多様化する社会問題に対して腰を据えて向き合った、モノだけにとどまらない「取り組み」の提案が多く、より大きな視点から課題を見すえる距離感の違いが、アフターコロナを感じさせ印象的だった。
たとえ審査の対象がモノだったとしても、デザインの意図を読み解いていくと、モノの背後にある様々な社会課題の解決こそが真の目的であり、プロダクトはその手段としての役割を担っているという構図がより顕著に見られたのが今年の大きな傾向だと感じた。従って、色や形の評価だけでなく「課題への着眼点」と「問題の解き方」、そして「未来を変えうる可能性」に注目した審査となった。逆に言えば、モノとして堅実に仕上げられているだけでは必ずしも高い評価にはつながらない。これは、今年に限らずここ3~4年の審査で感じてきたことでもある。
そのような視座での審査の中、これからの社会における『新しいあたりまえ』の兆しを感じさせる提案が存在感を示し、今年度このユニットからは7件がグッドデザイン・ベスト100として選出された。
感染症判定AI咽頭カメラnodoca(23G080605)は、咽頭の画像解析という新たな検査方法の発見が、患者と医療従事者双方にとっての課題を解決し、これまでの専門家の知見に頼る医療に対して、AIの活用による開かれた医療という新しい概念を醸成している。
屋内光発電デバイスLC-LH(23G080598)は、様々なIoTデバイスで使われる乾電池を不要とする未来をつくるだけでなく、既存の製造設備を活かした工場再生を実現した取り組みでもあり、今後日本の企業がイノベーションを推進する上での貴重なヒントを示している。
社会的、環境的な課題の緊急度が高まる現代では、デザインにも求められることが変わってきている。モノやサービスをつくり出すだけではなく、それが人々の営みや社会、環境にどう持続可能な価値を生み、どのような結果をもたらすか。これからの『新しいあたりまえ』を生み出していくという眼差しが、ますます重要になってきているように思う。
このユニットの審査委員
寺田 尚樹
建築家/デザイナー
ユニット09は住宅設備機器を審査対象としているため、例年、最先端の新規テクノロジーの紹介や、常識を大きく覆すようなプロジェクトは、ユニットの性格上あまりないと言える。
一方、日常生活の中で普段見過ごしがちな「あたりまえ」に新たな視点を見出している提案があり、その「新しいあたりまえ」がいずれ「普通のあたりまえ」になっていくことが社会や生活を一つ上のステップに押し上げることだと改めて感じた。
また、本ユニットにあたっては、近年海外からの応募が増え、日本の価値観のみで評価するのではなく、海外の多様な文化的、地理的、経済的、宗教的背景を理解することが求められる一方、日本からの応募も含め、ローカルな価値観にとどまっているデザインに対して、グローバルなスタンダードを提示するというガイディングも審査において重要な役割だと思った。
審査基準としては、住宅に住まう人にその製品やサービスが新たな価値を提供しているか?住宅に住まう人の利益のみならず社会全体の利益となりうる提案か?住宅という長期にわたる消費財において時代の変化に耐えうる提案か?環境問題から目を背けていないか?という点に重点を置いた。
審査委員の注目を集めたのは、いずれも見過ごしがちな問題を掘り起こすことからスタートし、その解決に真摯に取り組み、一消費者だけでなく社会全体に新たな価値をデザインによって提供する提案だったと思う。それに加えて、なにか微笑みが生まれるような、気持ちが共有できるような提案が、審査委員一同の心を動かした。
気候変動による災害、そしてロシアによるウクライナ侵攻に起因するイデオロギーの対立が食料問題やエネルギー問題に拍車をかけ、世界が価値観の違いで揺れ動いているなかで、企業がデザインという価値でその解決の一助となるべく、次のプロダクトやサービスに取り組んでいる姿を応援していきたい。
このユニットの審査委員
山﨑 宣由
プロダクトデザイナー / UXデザイン研究者
このユニットでは、人々の生活空間や社会空間に提案される「より良い心地よさ」や、これからを「より良くするためのソリューション」などの提供価値が審査される。コロナ禍により、その対応を多く迫られた領域であったが、今年は変化も現れている。在来の生活文化や働き方への気づき、地域産業や資源活性化への取り組み、企業ノウハウの応用や正常進化など、既存のそれを発展させ、人に寄り添う、環境に寄り添う「あるべき姿」を改めて捉え直している。利用者の声や開発現場の声、メーカー固有の技術によって生み出される誠実な「ものづくり」は、新しいテクノロジーに偏らない、技術とデザインの強い意識の成熟が感じられた。
変化を感じたオフィス領域では、ここ近年の在宅ワーク/個別ワーク対応やコミュニテイー提案から各社特有の気づきや加工技術をデザイン/造形に活かしたアイデンティティの具体化、省資源や環境対応、資源調達サイクルの構築などの「目標の変化」が印象に残った。近年の材料高騰やエネルギー高騰など社会情勢の影響等も要因かと想定されるが、各社そのデザインレベルの高さや仕上がりの良さ、技術/品質の高さに、この領域本来の「ものづくり力」のポテンシャルを実感した。公共領域では、ユニバーサル配慮やコミュニケーション支援といった近年の潮流に加えて、既存設備を活かした現状課題解決の提案が印象に残る。インフラや環境が整った現代も各所老朽化に合わせたアップデートは必要になり、資源/財源/労働力の負担を緩和・解決する益々のデザインソリューションに今後期待が集まる。
公共の設備では、すでに省エネLED化が進んだ屋外照明において「人と環境への配慮」についてメーカーが目指すそのレベルの高さと完成度が秀逸である。また、店舗機器では多様な店舗形態や店舗の小型化に合わせて省スペース化と高機能化、美しい佇まいが実装され「見せる機器」としての新たな価値と市場の可能性を提供している。
最後に、このユニットの多くは、構造そのものが機能であり、構造そのものをデザインと技術で「美しく、優しく、心地よく」完結させてゆくチカラが評価される。今年はそんな誠実な「ものづくりのチカラ」に感動すると同時に、これからの未来もサステイナブルに挑戦する意識と意欲がデザインの使命であり魅力であることを深く思う審査となった。
このユニットの審査委員
森口 将之
モビリティジャーナリスト
電動化やMaaSといった、新しい技術や概念そのものにプライオリティを置く流れは一段落し、それをどう移動者に使ってもらい、社会や生活に役立てるか、という視点が目立った。言い換えれば、人に寄り添った移動の提案が多かった。
ジャンルで分ければ、自転車や電動キックボードなどのパーソナルモビリティが充実していた。世界的にウォーカブルシティの構築が進む中で、ラストマイルの移動体は不可欠という考えが広く根付いているのだろう。
電動キックボードは構造が簡潔なだけにデザインによる差別化は難しいが、それでも快適性や安全性を高めるための提案が見られた。自転車は電動アシストがスタンダードになりつつある中、制御系をスマートフォンアプリとすることで、走り方や使い方にきめ細かく対応した意欲的な取り組みがあった。
ユニバーサルな利用を想定した、3輪や4輪の車両も目に留まった。今年7月に施行された改正道路交通法により、特定小型原付は寸法や性能を満たしていれば3輪や4輪も適合する。運転免許返納者などの身近な移動手段として、来年度以降も多彩な提案が期待できる。
自動車については環境性能や安全性能という基本を押さえたうえで、数字よりも気持ちの部分で移動の価値を高めようという意志が伝わってきた。普遍的なテーマである「動の美」を究めたものがあれば、気持ちよく仕事ができる環境にこだわったプロダクトもあり、デザインの重要性がさらに高まっていると感じた。
公共交通は地域とのつながりを重視する事例が印象に残った。観光地へ向かう特急用車両はもちろん、LRTにおいても地域の特性をテーマカラーに取り入れ、車両やインフラだけでなく広報活動にも起用することで、まちづくりにおいてモビリティが重要なツールであることをわかりやすくアピールしていた。
自動車と福祉、鉄道と住宅など、異業種とのコラボレーションも複数あった。福祉も住宅も生活に密着したフィールドであるが、生活には移動が不可欠であることも事実。これらもまた、寄り添うモビリティの具体例と言える。
外国製品の比率が高まっていることも近年の傾向で、新鮮なコンセプトやデザインで気づきを与えてくれる。一方で日本製品の中には、長年の実績を活かした海外向けの提案が増えており、今年度も具体例があった。世界の中で日本のモビリティデザインの存在意義を示す、大切な取り組みだと認識している。
このユニットの審査委員
手塚 由比
建築家
ユニット12は戸建て住宅や小規模集合住宅を主な対象とする。ハウスメーカーの住宅、工務店が設計施工した住宅、設計事務所が設計した住宅、また小規模集合住宅として、賃貸住宅や高齢者住宅など、さらに年々応募が増えている海外の住宅、そして住宅建材と応募対象は多岐にわたっている。私たちはそうした住まいにまつわるデザインが、それぞれの分野で暮らしや社会を良くするための提案にどれだけ挑んでいるのか、という観点で審査に臨んだ。
今年の傾向として感じられたのは、多様な人々との共生や持続可能な社会を目指した住まいづくりの取り組みがより増えてきていることだ。ベスト100に選ばれた「52間の縁側」(23G120977)や「丘の上のグループホーム」(23G120976)は、多様な人々がお互いに助け合いながら共に住まえる社会を目指した提案といえる。特に「52間の縁側」は、赤ちゃんからお年寄りまで、地域の誰しもひとつところでごちゃ混ぜにケアする、という素晴らしいコンセプトを、建築で体現できている点が評価された。「丘の上のグループホーム」は、知的障害のある人が地域の人々と混じり合って生活できる場を実現させている提案である。
持続可能な社会を目指した事例としては、耐震性や省エネなどトップクラスの住居性能をきわめてローコストで実現させた「豊田の立体最小限住宅」(23G120954)、CLTを使いやすくして日本の林業の再生に貢献しようとしている「CLTセルユニット」(23G120981)、ホームセンターで買える建材で構成され、解体してまた新たに作り直すこともできる住宅「巡る間」(23G120947)などの挑戦的な試みがあった。それらはいずれも、住宅を構成する部材を、地球環境を保全するという視点で見直した提案になっている点で注目された。空き家問題に身をもって取り組んだ「ヤドカリプロジェクト」もリユースをテーマにした住まいの提案である。
比較的小規模な分譲住宅地の開発では、地役権を設定して、共有で使える場を設定した提案が多く見受けられた。その場合も、ただ単に地役権を設定したことだけではなく、共有される土地がコミュニティを育てるのに役立つ魅力的な場になっているか、そのような場を積極的に育むことを促す計画や設計となっているかに特に注視した。
戸建てや小規模な集住において、それが一戸の住まいであっても、社会に豊かな可能性をもたらし、育むことができるような場を志向することが大切だと考える。
このユニットの審査委員
駒田 由香
建築家
今年の中〜大規模集合住宅の審査では、環境に配慮した集合住宅に特筆すべきものが見られたように感じた。郊外立地の低層かつ分棟形式の事例である「鈴森village」(23G131034)は、個人オーナーとして国内初となる「LEED for homes」の認証をとり、住戸の一次消費エネルギーを一般的な住宅よりも55%減少させた。高気密高断熱による省エネルギー化はもちろん、南洋材の使用を控え、外来種の植栽を避けるなど、工事中から完成後も地球環境と地域環境への負荷を低減している。近隣住民が通り抜けできる緑にあふれる共用部は、街のポケットパークのようである。
一方、都心の閑静な住宅街に建つ5階建て集合住宅「代々木参宮橋テラス」(23G130999)では、集合住宅として国内初となる「Nearly ZEH-M」認証を取得。木製サッシュ+トリプルガラスの採用など高い外皮性能を確保し、快適な住環境とデインの両立を実現している。
どちらの事例にも共通しているのは分譲ではなく賃貸であることで、短期的な収支にとらわれず長期的な視点に立って、広い意味での環境の重要性をとらえている点で、注目したい傾向である。緑に囲まれた屋外空間は住宅内外のコミュニティの醸成にも寄与していて、次世代の環境共生住宅のあり方を示唆している。
また外観や共用部のデザインに社外の建築家が関わり、既成の概念にとらわれない新しい形を創っているデベロッパー開発事例も多く見られた。周囲への圧迫感の軽減や地域との関係など、主に対他的な訴求がテーマとなっているが、今後は住空間のあり方にも革新をもたらすコラボレーションが起こることを期待したい。
最後に、日本で初めて実現した4階建て木造軸組構法の集合住宅「awaもくよんプロジェクト」(23G131035)について記しておきたい。近年、中大規模建築物の木造技術は年々進化しているが、まだ一般的な構法とは言い難い。大断面集成材(330ミリ角)の柱・梁を内外にあらわしにした木造軸組構法は、特殊な技術を必要とせず地場の工務店での施工が可能である。大地震発生後の復興準備としての側面も持ち、まさに普遍性と地域性をあわせもつ構法といえる。間の間(あいのま)と呼ぶ緩衝帯の設置や将来のリノベーション対応など、プランニングにおいても木造の魅力を生かしきっており、実現を可能にした自治体の関係者と建築家の尽力に敬意を表したい。
このユニットの審査委員
成瀬 友梨
建築家
ユニット14は「産業/商業施設」の建築・インテリアが対象だ。審査委員の間では1次審査の段階から、今年のテーマである「アウトカムのあるデザイン」を選ぼうということで、意識を統一していた。ここで「アウトカム」とは何か、が重要になってくる。社会課題に回答を見出しているとか、今後、他の人や地域にとってもお手本となるような成果が出ているようなプロジェクトは非常に評価しやすい。一方で、ラグジュアリーホテルや一部の商業施設において、社会課題解決としてのアウトカムを見出そうとすると難しいものがある。しかし果たしてアウトカムには社会性が必須なのだろうか。ここについては審査委員でも議論をし、必ずしも社会的な課題を解決していなくても、誰もがハッとするような美しさ、驚き、デザイン性を備えた空間や場についてもアウトカムとしてきちんと評価していく、という方針で審査を進めることとした。逆もまた然りで、社会課題を解決しているからといって、デザインクオリティに妥協をしないことも重視した。
審査の中で議論になった事柄を2点紹介しておきたい。
一つ目は、地域の材料やリサイクル材料についてである。こうした材料の使用は、地域とのつながりを強めるため、あるいは環境配慮の観点から、これまでのグッドデザイン賞でも評価されてきた。それもあってか、こうした材料を使用する応募作品は今年も多かったが、ただ使用していれば良いのか、という点が議論になった。丁寧に応募作品を見ていくと、こうした材料を使った上で、高いレベルでデザインを実現しているものがあり、審査の過程で必然的にそうした作品が評価されることとなった。
二つ目は中高層の木造建築についてである。脱炭素の観点からも近年注目されているが、各社の切磋琢磨によって技術的ハードルがクリアされ、多くの事例が実現されるようになってきた印象だ。審査委員の間では、今後は単に高さや規模を競うだけでなく、木造ビルだからこその、他にない魅力やデザイン性を備えた事例を期待したい、という声が上がった。
このユニットの審査委員
伊藤 香織
都市研究者
ユニット15は、建築、土木、ランドスケープ、サイン計画等のやや広い分野をカバーしつつも、公共性のありようを評価するところに特徴があると考えている。その観点から、2023年度ユニット15の総評として、審査過程での気づきを二点述べたい。
ひとつは、意志のある参加である。コ・デザインを挙げるまでもなく、現代の公共にかかわるデザインには、様々な段階で様々な人が参加する。そのデザインに参加する人たちの想いが結実したプロジェクトが優れたデザインとして立ち現れているように思われる。この場合の参加は形式的な「市民参加」などではなく、当事者意識と意志をもってデザインプロセスにかかわることだ。たとえばベスト100に選ばれた作品では、住民有志の自主的な公園遣い社会実験から展開した「東遊園地」(23G151202)、自治会が主体的に“小さなリノベーション”に携わる「QURUWA戦略」(23G151224)、設計者が町民と対話し空間や運営に反映させ続けている「瑞穂町図書館」(23G151149)、若手が提案し現場でコミュニティ・マネージャーの役割を担う「“食”や“本”を通じたコミュニティ拠点の運営」(23G151184)などはその例と言える。ただ「誰もがデザイン」すれば良いのではなく、デザイナーにせよユーザにせよ主体的に意志をもって取り組むところにグッドな公共のデザインが生まれるのではないだろうか。
もうひとつは、グローバルな視野である。今年度は久しぶりに海外審査委員の二次審査への参加が叶った。ユニット15では、海外審査委員のJian Liu氏との議論から多くの気づきがあった。たとえば世界的最優先課題の温室効果ガス削減を前面に出してプレゼンテーションする作品がほとんどないのはなぜか、世界で最も高齢化が進んだ社会にもかかわらず保育施設の応募が多く高齢者施設の応募が少ないのはなぜか、といった彼女にとっては当たり前の「素朴な疑問」の投げかけから、日本のデザインに欠けがちなグローバルシチズンとしての意識や、独自の公共支援の仕組みなどが議論された。ユニット15でも海外からの応募作品が増えており、そこから学ぶことも多い。
公共性のありようは多様である。一方で、共通して目指される「その先」も感じられる。多角的に見ることを忘れず、「その先」の萌芽を見出し応援していけるような審査をしたいと考えている。
このユニットの審査委員
河瀬 大作
プロデューサー
Unit16メディア・コンテンツ部門は、商品の包装、書籍、テレビ番組、Webサイト、イベントに至るまでを審査の対象としており、“時代の空気”がいち早く現れる。長く続いたコロナ禍の収束へと向かいつつある2023年、長き空白の時間を取り戻そうと世界が動き出している中で、当ユニットでは、3つのデザインのトレンドがあった。
ひとつは社会課題と向き合い、解決を目ざすデザイン。これはコロナ禍のなかで加速した領域だが、特筆すべきがそのレベルが格段にあがっている点だ。ラベルレスの飲料のペットボトル、リフィルができる化粧品などの容器は、それだけではもはやインパクトを持たない。環境への配慮は、企業が当たり前に担うべき社会的責任、つまり前提だ。その上で、美しさや機能、使い心地など、特筆すべき点があるかどうかが評価のポイントとなっている。その制約がさらに素晴らしいデザインを生み出している。
もうひとつは、テクノロジーが可能にするデザインだ。たとえば、子どもの名前を載せることのできる「きみ辞書」(23G161281)は、活版を必要としないオンデマンド印刷が普及したことで実現したアイデアだ。多くの人々に参加を呼びかけ膨大なデータを収集し研究に活かすというNHKのプロジェクト「シチズンラボ」(23G161277)は、スマホの普及により、大量の情報を収集できるようになったからこそ生まれたものだ。これまでの「当たり前」を打ち破るアイデアこそが、デザインの力であり、それぞれの業界が進化していく足がかりになるのではないだろうか。
さらに今年、審査のなかで議論となったのは、デザインの根源である美しさや楽しさへの希求だ。世界が停滞し、課題解決型のデザインが評価されがちだが、実は、そんな時代だからこそ人々は「楽しさ」や「美しさ」を追求したデザインを求めているのではないか。パンデミック以降、ストイックであることが求められ続けた世界は、明らかにシフトし始めている。時代の空気が変わりつつある今だからこその審査を心がけた。
歴史的には、戦争や疫病の流行など大きな危機のあと、同時多発的にクリエイティブの大爆発が必ずおきている。パンデミックという世界的危機を乗り越え、私たちも新たなフェイズに入っているのを感じる。デザインの本質とは、私たちの暮らしを豊かにすることだ。課題に溢れる時代だからこそ、デザインにはできることがまだまだあると、改めて感じた審査だった。
このユニットの審査委員
水野 祐
弁護士
2023年のユニット17の審査は、ここ数年、社会課題の解決としてさまざまに実施されてきたデザインの取組が、システム・サービスとして社会に実装され、定着し、広がってきていることを感じられた点で希望が持てるものだった。同時に、単にビジョンが優れていることや単発的・実験的な取組ではなく、持続可能性・継続性までを描けているか否かが、審査においてより重要な視点になってきていることを実感した。
このことはフードロス削減と安価に商品を購入したい消費者ニーズを両立させるECプラットフォーム「Kuradashi」(23G171304)が、新規株式公開(IPO)とB Corp認証を両立させていることにおいて象徴的だ。また、配送業者は業務負荷軽減に、ECストアは出荷作業の分散化に、ユーザーはポイント付与で経済的に、という「三方良し」を実現している「Yahoo!ショッピング・おトク指定便」(23G171303)、都市から自然に通いながら日常生活を営む新しいライフスタイルを提案し、ユーザー・ファンを熱狂させている「SANU 2nd Home」(23G171368)、完全オフグリッド型の宿泊施設「WEAZER西伊豆」(23G171367)なども上記の観点から社会課題の解決と事業性を両立させ得ることを示している点で高く評価された。
近年、デザイナーとユーザーの共創手法をアピールする応募作品も多いが、その結果、単に共創手法を採用しているのみでは十分な評価が得られず、そのような共創手法を、どこまでのステークホルダーとどのようにやるか、それが本当にユーザーのためになっているのか等、共創手法の内実が審査でより問われるようになっている。聴覚障がい者のための音声認識システム「YYSystem」(23G171353)は、主にそのような観点から高く評価された作品である。
その他にも、数年来のトレンドである金融サービスのデジタル化はクオリティが平準化した一方で、貯蓄から資産形成への移行という政策課題に対応した新しい動向も見られた。暗号資産やNFTなどのブロックチェーンを活用したシステム・サービス、マインドフルネスやゲノム解析・編集技術など、まだまだ技術的に、倫理的に評価が難しい提案もあったが、そのような課題にも意識的に取り組んでいる作品・取組みは評価した。現在最も熱い視線が注がれている生成AIもまた倫理的・法的課題を抱える存在であるが、今年いち早く画像生成AI「Stable Diffusion XL」(23G171351)や視覚障がい者のためのレース実況生成AI「Voice Watch」(23G171352)等がエントリーし、受賞に至ったことは、来年度以降の生成AIを組み込んだシステム・サービスの活況の胎動を感じさせるに十分だったと言えるだろう。
このユニットの審査委員
飯石 藍
都市デザイナー
ユニット18のテーマ「地域の取り組み・活動」は、社会や経済・産業の変化を受け止め、地域そのもののあり方を問い直すようなプロジェクトが多く集まるユニットである。今年度も、各地域の社会課題に向き合った多様なプロジェクトの応募をいただいた。
「取り組みのデザイン」を審査する本ユニットでは、いかに社会課題と真剣に向き合い、その解決に向けての内容や仕組みにオリジナリティやその地域らしさがあるのか、さらにその取り組み自体が美しく、持続可能であり、社会からの共感を集めて推進できるか、という点が求められる。今年の審査を通じて、以下のような傾向が見えてきたように思う。
1つは、時間軸を長く捉え、地域課題解決・地域文化の醸成に向き合っている活動である。その地域自体が100年先までどう残り、続いていくのか。その問いを掲げて地域文化・産業の醸成に繋げている取り組みが高く評価された。例えば、「オーガニック直売所タネト(23G181411)」や、138kmの流域を3年間フィールドワークして出来上がった芸術祭「One Thousand Names of Zeng-wen River, 2022 Mattauw Earth Triennial」(23G181416)などもそれにあたる。
2つめは、多様な登場人物との関わりをデザインしている活動である。企業、住民、行政、他地域の協力者など、課題解決に向けて共創・協働して活動している取り組みを高く評価した。燕三条地域の100以上の工場と連携するビジネス創出拠点「JRE Local Hub 燕三条」(23G181395)、台湾・台東におけるシティガバナンスのプログラム「Taitung Mambo Project」(23G181422)などが挙げられる。
3つめに、人の暮らす場、集う場、挑戦する場を生み出す活動である。「コミュニティパークcoconova」(23G181388)では、元診療所だった場所を公園と見立て、新しい公共性を追求した場づくりを実践している。Edible KAYABAEN(23G181414)は、ビル街の屋上菜園により誰もがつながり、居場所を持てる場としてのコミュニテイ醸成を進めている。
上記をはじめ、評価が高かった案件に共通するのは、一人ひとりの信念からはじまり、行動の連なりで地域社会を動かしているものであるということ。その小さな願いが、今年度のテーマでもある「アウトカムがあるデザイン」に資する、地域において目指すべき北極星を作り出し、共感を集めて未来を創っている。経済合理性だけでは地域の未来を描くことが難しくなっている中で、長い射程で未来を描き、仕組みやデザインの変革を起こすことで地域を変えている取り組みが全国に広がっていることに強く勇気づけられる審査だった。
このユニットの審査委員
廣田 尚子
デザインディレクター
ユニット19が受け持つ一般向けの取り組み・活動のデザインは、年ごとに認知が上がり応募件数が増えている。その中で今年特筆すべき傾向を3点挙げたい。
1点目は、これまでには応募がなかった領域から質の高いデザインがあったことだ。そのひとつがワンネス財団(23G191473)で、刑務所内や出所後の社会復帰を目指す人のライフキャリアサポートである。社会復帰が困難という課題に対して、当事者視点に立って組み立てられた仕組みとマネジメントが、巧みにデザインされている。ほかには、神山まるごと高専(23G191485)と国際教養大学(23G191482)の教育機関である。この2件には共通して、独自のビジョンに向けた学びの仕組みを包括的に組み立て、学費においても誰も取り残さない精緻なシステムを構築している。それらの質の高さは、構想段階からデザイン的な思考で行われ、体系的で整合性の高い設計が施されている。
2点目は、デザインの要素がなかった大企業・行政の中にデザイン組織を立ち上げて、企業文化を変える、社会課題を解決する活動が新しい傾向だ。デザインの要素がなかった企業・行政で、組織的にデザインを注入することが、社内と社会へ影響を与える可能性に期待したい。
3点目は、リサイクル・アップサイクルの概念は社会に浸透し、開発における環境への配慮は、もはやデフォルト化していることだ。それらをテーマに据えた応募は年々増えているが、リサイクルやアップサイクルが目的になっているケースも少なからず見受けられた。評価された良い取り組みでは、リサイクル等の環境配慮の仕組みはゴールではなく、それを手法として「誰のどんな幸せに向かうのか」という具体的で質の高いビジョンを掲げている。さらにステークホルダーがビジョンの価値を「自分ごと化」するようにコミュニケーションデザインを行い、当事者視点に立った体系的な計画がアウトプットまで一貫して実行されている。プロセスの質がアウトカムを高めるということだ。
課題が山積する今の時代は、どの領域でもインクルーシブで心豊かにその人らしく生きることが求められている、そこへ至る手法としてデザインが果たす役割は大きい。